クリーニング屋のタマ

★白狐☆

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クリーニング屋のタマ

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「タマ。今日は朝からお客さんが三人も来たから大繁盛だね」


 年季の入った店のカウンターは白いはずであったが、受付位置がずっと同じだったせいか真ん中だけ塗装が剥げて薄茶色になっていた。


 その年月を物語るかの様にカウンターに馴染み、そこにいるのが当たり前に見える老婆がカウンターの向こう側で座っていた。


「しかも、今日は息子が帰るらしいしご飯の準備もあるから早く店閉めないとね」


 店の外では星の名札をつけた幼稚園児達が、保育士に連れられて公園にでも向かっているのが見えた。時折り園児たちが此方に向かって手を振って来ていた。


 老婆と猫。のどかを絵に描いたような光景であったが此処は職場である。商店街の隅にあるクリーニング屋は、常連が支える小さなお店である。


 ガラス張りの引戸から見えるのはお客さんの仕上がった衣服と、此処の主人の老婆。そして、看板猫のタマであった。


 長らく、お客が絶えればすぐにでも店は畳むつもりであったが、良いのか悪いのか常連客が馴染みの店に頼みたいと細く長く続いた店である。


 一人で経営するには丁度良いお客の入りであった。同居人である、いつの間にか居着いたタマはまるで此処の主人が如くレジ前に鎮座している。


 何年この生活を続けたのか忘れてしまいそうになるほど、長い年月を経ていた為たまには聞いてみることにした。


「タマさんや、貴方がここに来てから何年になりますか?」


 勿論返事はない。ただ、眩しそうに目蓋を細めたかと思うと、顎をレジに乗せながら欠伸を何度も繰り返していた。


「結局、タマが一番この店に合ってるんだろうね。お客さんが来たら教えてね」


 タマのお尻をポンポンと叩き、老婆は店の奥に入っていく。洗濯からアイロンがけまで一人でこなさなければならない為、夕飯の準備の時間もあり今日は大忙しであった。


 今日は注文が来なかった。仕上がった商品を引き取りに来たお客が数人やってきたが、新たな注文が入る事なく明日はゆっくり出来そうだと考えながら夕方前に店を閉めた。


 店を閉めると、タマは店の奥に入りいつもの特等席の椅子の上に座る。台所にある昔ながらの四角いテーブルには三つの椅子があり、台所側にタマは座る。


 老婆の調理を見ることがタマの日課となっていた。調理の音と香る夕食に段々とタマも落ち着きをなくしていく。


 調理途中から、足元に擦り寄るのもいつもの事であり渋々老婆はいつものカリカリを与える。


「お父さんが先なんだから秘密よ」


 それが、いつもの食事の合図となっていた。老婆はいつもより長く調理をしていたが、ご飯だけは炊き上がるとすぐに小皿に盛る。


 和室にある仏壇に先にそれを持っていき手を合わせる。オカズは出来次第に同じ様に持って行くが、いつもお供えが先だった。


「じゃ、今日は護留まもるが帰ってくるからご飯頑張るわね」


 仏壇に手を合わせたまま老婆はそう話すと、鍋から吹きこぼれる音が聞こえ慌てて台所に戻った。


 頑張って作っただけあり、素朴で豪華な食卓がテーブルいっぱいに広がっていた。帰って来ると話した時間に間に合い、ホッと一息つくとようやく椅子に座ることが出来た。


「冷めないうちに帰って来ればいいのにね」


 そう話しながらタマの背中を撫でていた。しかし、息子が帰って来たのはその一時間後であった。


 ガラガラガラと引き戸が開く音が聞こえるとタマが何処かに行ってしまう。しかし、その後に聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「ただいま。何か仕事がおしてて遅くなった」


「おかえり。あれ、今日は由美子ゆみこさんと花蓮かれんさんは今日は来てないの?」


 玄関に向かって老婆は叫ぶ。革靴を脱ぎ終わった息子は鞄と脱いだ上着片手に、リビングに向かい部屋の様子を確かめながら台所にやって来た。


「今日は大事な話があるから、二人は遊びには来てないよ」


 勝手知ったるなんとやら。椅子に座るとビールをねだりながらも、すでに箸でオカズに手を伸ばしていた。


 喉が渇いていたのか貰ったビールを一気に喉に流し込むとようやく落ちついたのか、老婆である自分の母親とようやく目を合わせた。


 酷く疲れた様子の護留だったが、腹を満たしたおかげで少しは元気を取り戻せした様に見えたが、息子が何を必死でいるのかは分からないでいた。


「で、話はなんだい?折角来たんだし一泊位するんだろ?」


「いや、ちょっとまだバタバタしてて。仕事上手くいって無いんだよ」


 見たままである。金の無心かと思ったが、そうでもなさそうであった。仕事もさることながら、体調が心配になる様な顔色は何処か困惑している様にも思えた。


「実は今コインランドリーが流行ってるんだよ」


 回りくどい言い方である。だから何だと言うのか、まさか商売敵であるコインランドリーをどうこう言いに来た訳では無いはずである。


「此処をコインランドリーにしないか?そしたら母さんも仕事を離れられるようになるし、管理するだけで金が入ってくる」


「駄目だよ。お得意様だって居るんだ、自分達の店であっても勝手は出来ないんだよ」


 ろくな話じゃ無いことは察してはいたが、どうにも護留は自分の仕事が上手く行かない所為か、此方で何とかしたい様に思えてならない。


「お父さんが頑張って建てたお店なんだよ、思い出も全て手放せって言うのかい」


「でも、母さんだっていつまでもこの店開けて行けないだろ?俺一応心配して言っているんだぜ」


 このご時世、家で洗える物はわざわざクリーニングなど出さない。コインランドリーならトラブルがあっても、お客の判断ミスなら弁償等のリスクも減ると護留は熱弁を振るってきた。


 話し合いは夜中まで続いた。喧嘩になる迄にそう時間もかからず、食べかけの夕飯が冷め切った頃、ようやく二人の声は消え事となる。


 結論など出るはずもなく、護留がその日は帰ると言った為、見送る事なくその日は終わろうとしていた。


「あれ?タマー、ご飯食べかけだよ。どこ行ったんだろ」


 お腹が空けば出て来るだろうと考え、その日は床についた。しかし、次の日の朝もタマは出て来ることはなかった。
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