クリーニング屋のタマ

★白狐☆

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猫と任侠

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「またやっちまったよ。兄貴キレるだろうな」


 商店街の外れにある小さな公園に一人、まだ昼過ぎだと言うのに、ベンチで項垂れている金髪の若者が頭を抱えていた。


 ホストの様な身なりではなく一見するとサラリーマンの様にも見えたが頭の色が明るすぎる事と、此処らでは有名な老舗の任侠の家を出入りしていた為、周りに近づく者など居なかった。


〝ニュワ〝


 聞いた事のない様な鳴き声が聞こえ、思わずそちらを向くと見覚えのある姿のサバトラ柄のでっぷりとした貫禄のある猫がそこに居た。


「お前クリーニング屋のタマか。俺は今忙しいんだ、どっか行ってろ」


 そう言いながら手で払う仕草をすると、何処かに逃げると思いきや、振っていた手を引っ掻かれた。


「っっってぇえぇ!!何すんだこの豚ネコが」


 見れば手には引っ掻き傷が出来、薄っすらと血が滲み出ていたが金髪の男は痛みよりも怒りが先行した様でタマに怒るなり追いかけ始めた。


「待てや!極道の怖さ思い知らせてやるよ」


 猫相手に日中から全力で怒れる男は、誰がどう見ても不審者である。しかし、どんなに太っていたとしても相手は猫である。俊敏な動きで路地に逃げ込まれれば一巻の終わりである。


 だが、そうなる前に決着はつくのだった。


ーーーーーーゴッッッッッッッ!!!


 突然、鈍く低い音が鳴り響くと金髪の男は頭を押さえたままうずくまっていた。気がつくと商店街の端までやってきていた。


「良いご身分だな。で、仕事は勿論終わったんだよなタツよ」


「兄貴、仕事は、、、、、すいません。実は引き取り代金使っちゃいやして」


 金髪の男は右手首を捻るポーズをとると、二撃目の拳が脳天に降り注いだ。再び悶絶している金髪の男の様を見下ろす、兄貴と呼ばれた男には違い凄みがあった。


 いわゆる強面と言うヤツである。見れば誰もが避ける様な男は。真っ黒なスーツの内ポケットから、細長い棒の様なモノを取り出して、タマの方に差し出した。


「兄貴なんで、猫用のオヤツ持ってんすか」


「ウルセェ、内臓売ってブツ回収してこいトラ」


 金髪には厳しかったがタマには優しかった兄貴は、タマにオヤツを上げた後に渋々トラと呼んだ金髪の男に金を手渡した。元より、優しい性格の様である。


 慌てた様子でトラは兄貴に頭を下げると急いで仕事に戻った。その背中を見送ると兄貴はタマに向き直り、公園のはじに生えていた猫じゃらしを一本抜くと遊び出した。


「アイツは何でうちに来たのか、骨董品ブツ一つまともに使いができねぇ。手癖は悪いし頭も悪りぃし」 


 タマは機敏な動きを見せたが、流石に体力の限界だったのか息が上がったまま〝ドスン〝と言う音と共に横になった。


「お前ぇさん。クリーニング屋の婆ぁの猫だろ。帰る家があるうちは帰んな」


 兄貴がそう言って立ち去ろうとしたが、気がつけばついて来ていた。振り返ると立ち止まりまるでダルマさんが転んだの様である。


 だがタマは猫である。家までには飽きて着いてこなくなるだろうと、たかを括っていたがどうやら甘かった。


 目の前には屋敷の門が佇んでいる。門の柱に掲げられた大きな表札には九呂蛇組くろだぐみと書かれていた。今日は外には誰も居なかった為、庭の方を見ながら歩いているとすでにタマが庭で遊んでいるのが見えた。


「オジキに見つかる前に出とかんとアカンぞ」


 まるで知り合いに話すかの様にそう言ってはみたが、勝手に人様の家に入り込む図々しい猫である。言うことなど聞くはずもないと思いつつ中に入った。


 中の廊下には所々骨董品が並び、日本家屋には馴染むせいか違和感なく飾られていた。手入れも大事な仕事である為、塵一つ付かないほど磨かれていた。


「オジキ、今戻りました。トラの奴に行かせてますんで夕方には戻るはずです」


 オジキと呼ばれた和装の老人があぐら姿で煙をふかしていた。白髪の短髪頭に地黒なのか日に焼けたような肌だった為、ギョロリとした大きな目がより白く見えていた。


「遅ぇな。毎回アイツは、、、、、、所で何だコイツは」


 部屋を指差しそう言うと、畳の上には小さな足跡がアチコチについていた。庭から入り込んだ犯人はどうやらこの和室に侵入したらしい。


 そして、その犯人は飾ってあった掛け軸の下にある翡翠色の壺の中で丸まり、勝手に眠りについていた。


「なんだ、クリーニング屋の猫か。何でこんなとこにいんだ」


「すいやせん!すぐに追い出しますんで」


「まぁいい、ほっときゃ帰るだろ。部屋掃除しとけ」


「はい!」


 我関せず状態のタマであった。暫くすると扉の開く音がしトラが帰ってきた。両手で抱えるのがやっとの木箱を持ちながら、器用に扉を開けて何とか玄関まで運んで来たのだった。


「ちょ、聞いてたよりデカいっすよ!何で車貸してくれないんですか!」


「はぁ?お前に何でガソリン代割いてやらんといかんのや?使い込んだ金まず返せや」


 ごもっともな話であった。一際大きな木箱の中には人が入れそうな程の大きさの瓶が入っていた。


「兄貴、これで誰か沈めるんすかね?オジキ」


 その言葉を聞いた瞬間、兄貴はジッとトラを見てから立ち上がり立ち去った。


「ちょっ、冗談ですよね。俺、鎮められませんよね」


「使い込みの手癖の悪さに役立たずやからな。まぁ、今日からのビジネスが失敗せんかったらやな」


 全身からかいた事のない様なネットリとした汗が吹き出した。今晩、言われた通りに出来なかったら、トラに明日はないと言われたのだった。


 タマが屋敷の外に放り出され、屋敷の掃除が終わると新たなビジネスをする為に設けた部屋の調整を続けていた。


「昨今、経済活動シノギをやるにしてもうるさい世の中やからな。ホンマにこんなんで儲かるんやろな」


「大丈夫っす。なんでも、おじさんがやっても人気があるらしいんで」


 部屋は簡素にしており周りを囲う様にしていた。他はパソコンやマイク等があった。機材が並んでおり、この設置に時間が掛かっているのであった。


 夜中になるまで作業は続き、用意がようやく終わるとトラがへたり込み、兄貴はずっと監視役が如く見張っていたのである。


「じゃ、今から始めろや。もう繋いだんやろ」


「えっ、今終わったばっかじゃないっすか!流石に明日からの方が、ブラック企業じゃあるまいし」


「トラ、、、、うちはブラック企業や。それに一秒でも早く金作った方が良いのは、お前自身やろ」


 今までで一番の笑顔であった。本気か脅しかわからなかったが、トラは命の危険がある以上は逆らわない事にした。


「って事でチャンネル開設しました~」


「キッモ」


 トラの新たな仕事は任侠系ブミチューバーであった。これからの活動内容や目標を述べる。フリーランスであり、自由が高いことを売りにしていると述べていた。


 出だしはまずまずであったが視聴者が少なかった。また、トラのアバターは美少女系であった。ボイスチェンジャーの声を聞くたび、時々兄貴がたまらずキッモを連発するため試聴者から男がいるとざわついていた。


 初生配信の終わり。何事もなく何とか終わりを告げようとしていたが、配信終わりの直前に機器不良トラブルが起こり配信が固まってしまう。


「ちょ、兄貴何やってんですか」


 マイクを切り、すぐさま機材側に回ったトラは兄貴にそう言ったが何も触って無いと言い何処がトラブルの元かを見つけられないでいた。


「ただでさえ視聴者少ないのに、これじゃ居なくなっちゃいますよ」


「だから俺じゃね、、、、、あ」


 見れば兄貴の足には機材らしきものが踏まれ、接続していたはずの線が抜けていた。慌てて繋ぎ直した、その時に奇跡は起こった。


 止まっていた画像が突然元に戻った瞬間、誰も居なかったはずの空間に、何故かタマだけが座って居た。


 その瞬間。ブミチューバーがヌコに変わった!ブミチューバーの中の人はまさかのヌコ!等と書き込みが絶えないまま炎上に近い形で生配信は終わった。


「まぁ、知名度上がったから良いかな」


「そやな。まぁコッチは商売にさえなればかまへん。首繋がったな」


 結果オーライであった。タマをレギュラーにした方が人気が出るのではと話し合っている間に夜は更けると共にタマは何処かに行ってしまった。
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