タロット・コンバッティメント

ウツ。

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第3章 ゲーム開始

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「…?!」
「どうした?」
拓人は突如脳内に響いた耳鳴りのような高音に顔を歪ませた。どうやらモルテには聞こえていないらしく、不思議そうに拓人を覗き込んでいる。
ただの耳鳴りだから大丈夫、と言おうとした瞬間。

世界から色が消えた。

消えた、というのは錯覚で、全てが夕焼けの色一色に染められてしまったかのような…しかし、そんな綺麗なものではない。窓から身を乗り出すと、空は赤が強調された朱一色。外に人の気配はなく、自分だけが別の世界へ迷い込んでしまったかのようだ。いや、迷い込んでいることは確かだ。
「どうなってるんだよこれ…」
無機質な建物。揺れない草花。聞こえない音。一言でまとめるなら時の止まった世界。
唯一この世界にいるのは僕と…
「モルテ!」
拓人は背後を振り返った。
「俺に答えを求められても分かんねぇよ。でも拓人と俺だけがこの世界にいるんなら考えられるのは一つ。ここはゲームの世界だ」
これがゲーム…?常識を超越している。超越しているのはモルテが出てきた時点でわかっていた。しかしこれはスケールが違いすぎる。タロットカードを使ったゲームだというから、もっとボードゲーム的なものだと思っていた。そもそもルールもわからない中でここからどうすればいいんだ。脱出ゲームか何かなのか?

「みぃつけた♪」

「誰だ?!」
不意に背後から聞こえてきた声に、拓人は慌てて振り返った。世界の違和感に包まれ、感覚も恐怖心も敏感になっている。しかもここは拓人自身の部屋だ。
「どうやって入ってきた?!鍵はかけてあったはず…」
「あら、そういうところを見ると、あなた初心者なのかしら?」
どこか不気味な笑みを浮かべるその女性は「占い師」だった。言われなくてもわかったのは、外見がそれを物語っていたからだ。紺色のローブ、右手に水晶玉。これで占い師ではないというのなら他の名詞を教えて欲しい。
「沙織様~…はぁ、はぁ…やっと追いつきました~…」
その占い師の後ろから現れたのは、緑の帽子に緑の服、長い木の枝の先に布を結びつけた少年。拓人はその姿をどこかで見覚えがあるように思い記憶の糸をたぐる。
「意味はないかと思いますが、やはり初対面で挨拶もなしだと人間としてどうかと思いますので。初めまして。占い師の鳩村沙織ほとむらさおりです」
「あ!僕は愚者のカード、マットと申します!」
愚者のカード。拓人はそれを聞いて少年の姿がタロットカードの愚者の絵柄と一致していることに気づいた。きっとモルテと同じようにカードに封印されていた人物なのだろうが、なぜこんなにも絵柄によっている人物と全く違う人物がいるのか…。
しかしそんな疑問より、自分の部屋であれど、この変な世界で他の人に会えた安心感の方がはるかに強かった。
「初めまして。宇宮拓人と死神のカードのモルテです」
拓人は沙織へモルテともに軽い自己紹介をした後、このゲームについて尋ねることにした。拓人のことを初心者といったところから、ゲームについてはある程度知っているのだろう。
「すいません、このタロット・コンバッティメントというゲームはどんなルールなんですか?僕今日始めたばっかりで全然わからなくて…。この不思議な世界もー・・・」
「拓人避けろ!」
「うわっ!」
モルテの一声に拓人は反射的にその場から飛びのいた。拓人がさっきまでいたところには見たことのない刃物の刃先が突き出されていた。その刃物はどう見ても日本にあるようなものではなかった。
包丁でも刀でもない。剣…なのだろうが、刃先がまっすぐではなく、サメの歯のような不思議な形をしていた。
初めて見る剣である。いや、そもそもこのご時世、剣なんて存在している方が異常だ。
「避けたわね…。まあこれは攻撃用の剣じゃないから別にいいのだけど」
その異様な剣を持つ沙織は拓人に優しく微笑んだ。その微笑みがさらに拓人の恐怖心を増大させる。
「拓人!これを使え!」
モルテがそう言って拓人に渡してきたのは例の大鎌だった。大鎌は拓人の手に収まると形を変え、一本の剣になった。
「何驚いてる!早く構えろ!やられるぞ!」
モルテの指示に従うにしても、剣なんて持ったことのない拓人はよく分からない構えをとる。
「来るぞ!」
「うふふっ」
その瞬間、沙織の持っている水晶玉が輝き出し、星の形をしたかけらが数個、沙織の前に並んで出現した。
まさかあれを放つ気か?!
「初心者には手加減をしてあげなくてはね」
沙織はそっと微笑み、左手に持った剣を拓人の方に突き出した。それを合図にしたかのように、星のかけらは拓人の方へ襲いかかってきた。
「ちょっ…!沙織さん…!」
拓人は剣で星のかけらを防ぐが、防ぎきれなかった幾つかのかけらは無防備な拓人の体を傷つけていく。むしろ剣の重さと、扱い方を知らない物のせいで防げた方が少ない。
「あらあら、防ぐことができるなんて見た目によらずすばしっこいのかしら?まあ体はそれでも傷を受けたようだけど」
「いきなり何するんですか?!」
拓人は痛む傷を抑えて叫んだ。
「拓人!まともに向き合ってどうする!これはそういうゲームなんだよ!」
モルテが何かを叫んでいるが、拓人の耳には何を言っているのかわからなかった。そうこうしているうちに、沙織は次の攻撃態勢に入っていた。
「戦え拓人!戦うんだ!」
戦う…?この剣で…?
意味はわかっていた。わかっていたが生まれてから今まで、普通に生きてきた拓人にはどうしていいかわからなかった。
だってこの剣は本物だ。本物の刃物だ。
他人に傷を負わせるなんて論外だ。しかし戦う武器はこの手に握られた剣一本だけ。相手は攻撃態勢。拓人の身体能力では先ほどの星のかけらを防ぐことはできない。星のかけらよりもあの剣の方が恐怖である。このままではやられるだけだ。
せめてあの水晶玉を壊せれば…!
「おりゃああ!」
拓人は沙織へ向かって駆け出した。策略なんて何もない。ただのやけくそだった。
「うふっ、勇気だけは認めてあげるわ」
沙織は顔を伏せると小さく「能力付与」と呟いた。その瞬間、出現していた星のかけらが一斉に輝き出した。
拓人は何かが自分に悪くなるよう変わったのだと理解はできた。しかしこの足はもう止められない。
「うああああ!」
しかし拓人の目の前にかざされたのはかけらなどではなく、あのギザ刃の剣だった。しかもそれは攻撃として出されたものではない。
「拓人避けろ!剣が折られる!」
「うふふっ」
沙織の不気味な笑い声が聞こえると同時に拓人はすんでのところで剣をそらした。
「そのまま切りかかれ!」
拓人はモルテに言われるがまま剣を振りかぶった。もちろん剣術など心得ていない拓人の刃は沙織の腕に切り傷をつけるに留まった。
「かは…っ!」
しかし沙織の表情は絶望に染まっていた。まるで死にゆく者のように…。
ゆっくりと傾いていく沙織の身体。拓人にはそれがスローモーションに見えた。
「沙織様!」
マットが泣き叫ぶように沙織の元へ駆けつけ身体を揺さぶる。
「拓人、お前の勝利だ」
理解できぬまま呆然と立ち尽くす拓人の頭の中に、切り掛かった瞬間聞こえたあの電子音声だけが鳴り響いていた。

『能力発動』
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