ざまぁされた小悪党の俺が、主人公様と過ごす溺愛スローライフ!?

嶋紀之/サークル「黒薔薇。」

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『ぐぁあ……っ!! い、痛いぃ……っ!! も、もうやめろ、やめてくれ……ッ、たすけて……!!』
『……反省の色が足りないようだな。鞭打ち、百回追加だ』
『ひぎぃい……ッッ!! い゛ッ、ぁ゛あああ……!!』

 半裸にされたセインに向けて、棘のついた鞭が振るわれる。上半身は鞭の跡と引っかき傷で真っ赤に染まり、見るからに痛々しい有様だった。
 拷問官は淡々とした表情で、作業的に鞭を振るい続ける。そこにはなんの感情も乗っていない。ただ、それが与えられた仕事であるからこなすだけであり、セインが何者であったとか、どんな罪を犯しただとかは関係なく、ただ『追放刑を受けた罪人』として扱われた。

『……なんだその目は。反抗的だな。……上からは、貴様の心が折れるまで拷問を続けよとお達しが出ている。ここで死なれるわけにもいかぬため、鞭打ち刑のみで済ますことをありがたく思うのだな』

 暗に、死ぬような拷問をしないだけマシだろう、と告げていたが、食事を抜かれて鞭で打たれ、衰弱しきった状態で魔物の多い森に放置される予定なのだから、いっそ拷問で殺されたほうがマシというものだ。
 繰り返し振るわれる鞭に悲鳴を上げながら、朦朧とする意識の中、セインは救いを求めて涙する。

(だれか……、だれか、助けて……!! 痛いッ、苦しい……っ、怖い……!! おねがい、誰か……!!)

 その手が、救いを求めるように天に伸ばされた、その時――。


「――セイン!! 大丈夫か? すごく……魘されていたみたいだけど……?」
「ッ……!! っ、はぁっ、はぁっ……!! ……、夢……?」

 ――セインは、ヒイロに手を握られた状態で目を覚ました。
 よほどひどい顔色をしていたのだろう、こちらを覗き込むヒイロの表情はかなり焦った様子だ。

(夢……、犯罪奴隷になった直後の、拷問の夢……か。クソッ、嫌なこと思い出しちまった……)
 セインに有罪判決がくだり、犯罪奴隷となった直後。彼は罪人用の牢に数日閉じ込められ、食事を抜かれ、鞭打ちの拷問を受けていた。
 追放刑となる奴隷は、ギリギリまで衰弱させた状態で追放させるのが慣例だったからである。

 ヒイロに拾われていなければ、今頃、餓死か衰弱死した挙げ句に魔物の餌となっていたのは間違いない。

(……わかってるからこそ、ムカつくんだよな。命の恩人のくせに偉ぶらねえとこも……。けっ、主人公ぶりやがって……)
「このまま起きるかい? それとも寝直す? ……あっ、次からは、セインがいい夢見れるように、夢見が良くなるアロマを焚いてみようかな……?」

 昨日も散々邪険にしたにもかかわらず、かいがいしく世話をやこうとするヒイロに、さすがのセインも少々罪悪感を抱いたようだ。
 気まずそうに目をそらし――そして、はたと、違和感に気がつく。

「……おまえ、なんで俺の隣にいるんだ?」
「うん?」
「い、いや……この部屋、ベッド、これだけだろ……。まさか、ここで寝てたのか……?」

 セインがいる部屋にあるベッドは、彼が眠る1台だけだ。時刻はまだ明け方で、目を覚ましたヒイロがやってきた、というよりは、元々この部屋にいたという風に見える。
 まさか床で寝ていたのだろうかと、自分が魘される声で起こしてしまったのだろうかと思い問いかければ、返ってきたのは快活な笑み。

「まさか! セインが安心して休めるよう、起きて見張りをしてたんだ! あっ、もちろん、小屋には結界張ってあるから侵入者とかはないと思うんだけど……念の為!」
「…………、お、お、おまっ……、馬鹿なのか……!?」

 なんと、ヒイロは徹夜でセインの様子を見ていたらしい。献身もここまでくるとホラーである。

「よ、よく見たらおまえ、ひっでえ顔じゃねえか!! 隈ひどいぞ!?」
「そうかい? 徹夜くらいなんてことないよ、よくやってるし……」
「ひ、一晩中見張ってるとかキモいんだよ!! 寝ろよ!! なんなんだおまえ!?」
「ご、ごめん。不快だったならもうしないよ。その……隣の部屋で見張るから……」
「寝ろっつってんだよ!! こっちから見えなくてもキモいもんはキモいわ!!」

 本気で困った様子のヒイロだが、困りたいのはセインのほうである。宿を借りている身で言えたことではないかもしれないが、ヒイロがストーカーじみていてちょっと怖い。

 寝不足のヒイロを思いやる、というよりは、単にその奇行に怯えての発言であったが、それでも、ヒイロにとってはねぎらいの言葉に聞こえたらしい。
 瞳をきらきらと輝かせ、満面の笑みを浮かべると、感極まった勢いでセインの手を握っていた。

「……もしかしてセイン、僕のこと、心配してくれてるのか!?」
「……はぁっ!?」
「えへへ……嬉しいなぁ! ありがとう、セイン。……そうだよな、いくら君のためとはいえ……君を心配させちゃあ意味ないよな。以後、気をつけるよ!」
「ちっ……違う!! 誰が、お前なんか……!!」
「…………ち、違うのか……?」

 咄嗟に否定したセインの言葉に、ヒイロは、しょんぼり、と誰が見てもわかるほどに萎れた様子になった。
 あまりにも露骨な落ち込みように、セインのなけなしの良心が僅かに痛む。

(ぐぅ……!? だからこの……、なんで、こいつが傷ついた顔するんだよ!? お、俺が悪者みたいじゃないか……!)

 ヒイロの奇行はドン引きものだが――そこに悪意がないことも、よくわかるのだ。
 だからこそ、邪険にしたいのにやりきれない。中途半端に流されてしまう。

 セインは他責思考のクズではあるが、しかし、根っからの悪人というわけではない。現代日本人として平均的な、ほどほどの良心だって持っている。
 ついでに言えば彼は、チヤホヤされたいがために英雄ごっこを演じるほどには、他人からの好意に飢えている男である。
 本人は決して認めないだろうが――ヒイロの純度100%の善意と好意をぶつけられると、どうにも、キツく当たることができなくなっていたのであった。


「さ、さっさと朝飯出せよ……。飯食ったら寝る……。お、おまえも、見張りとかキモいことしてないで寝るなりなんなりしろ」
「セイン……! へへっ、ありがとうな!」

 傍から見ればツンデレにしか見えない態度だが、セイン自身は、精いっぱい強がっているつもりであった。

 ヒイロは空間収納から、お粥の入った大鍋を取り出すと、せっせと器によそっていく。
 当然のように器は二人分だ。むすっとしながらお粥を口に運ぶセインの隣で、ヒイロは、にこにこと笑って上機嫌である。

(……なんで当然のように隣でメシ食ってんだよ。クソッ。でも……コイツの機嫌損ねたら、メシにありつけなくなっちまうし……)
「ごめんな、セイン。作りすぎちゃって……同じ味だと飽きないか?」
「……別に。病人食とか、こんなもんだろ」
「えと、一応、トッピングも用意してて……。セインは酸っぱいものって大丈夫かい?」

 ヒイロが空間収納から取り出した壺には、見覚えのある赤い粒――梅干しが入っている。

「!! それ……梅干しか? ……こっちにも存在してたのか」
「よく知ってるな! これも、婆ちゃんの地元の郷土料理でさ……」
「……一個くれ」
「あっ、うん!!」

 お粥に梅干しを入れ、軽くほぐしてから口に運ぶ。ヒイロの梅干しは昔ながらの、酸味の強い味わいで、シンプルな味わいの白粥に程よいアクセントを加えてくれた。
 これはこれで美味い、と思いつつ、少しの物足りなさを感じて、セインは言う。

「……これ、自分で漬けてんのか」
「うん、そうだよ。婆ちゃんからレシピ教えてもらって……」
「あ……甘いやつねえの? はちみつのやつ……」
「はちみつ? ああ、甘くするレシピもあるらしいけど……よく知ってるね!?」
「……うちの婆さんの梅干し、はちみつ漬けだったから」

 セインの――征時の記憶にある梅干しは、祖母が自作した、はちみつ漬けの甘い梅干しである。
 お粥に入れるならばヒイロの作ったような、王道の白干梅でもいいのだが……懐かしい味を口にしたことで、ついつい、欲が出てしまっていた。

「へぇ……! 僕、これしか作ったことないから、あとでレシピ教えてくれよ!」
「い、いいけど……うろ覚えだぞ。失敗するかも……」
「それならそれで、何度でもチャレンジすればいいさ! へへっ……楽しそうだなあ!」

 幼い頃、祖母と共に仕込みをした記憶はあるが、それも随分と昔の話である。
 スマホやら本やらで簡単にレシピを調べられる前世と違い、この世界では、料理の作り方などは基本的に口伝えで、レシピを書き残すという文化がないのだ。頼りになるのはおぼろげな記憶のみ。

 それでも、失敗しても構わない、と笑うヒイロに、なんだか妙に力が抜けてしまう。
 料理など、前世ですらほとんどしたことがなかったが――不思議とやる気が湧いてきていた。


「あの……嫌だったら答えなくてもいいんだけど。セインって、もしかして東方の出身かい?」
(東方……って、ほとんど原作にも出てこねえとこだよな。たしか、忍者キャラの出身地ってことで、名前だけは出てたくらい……? ……ヒイロの婆さん、そこ出身なのか)

 ふと、気になった様子でヒイロが問う。お粥にせよ梅干しにせよ、この世界では一般的ではない郷土料理らしいので、東方――ヒイロの祖母と同じ出身地なのかと気になるのは当然のことだろう。

「……別に、おまえには関係ないだろ」
「そ、そう……だよな、ごめん……」
 セインとしては、前世のことなどを素直に話すつもりもないので、突っぱねた言い方になってしまった――が。
 そうすると、ヒイロは露骨に落ち込んで、捨てられそうな子犬めいた顔をするものだから、妙に気まずくなってしまうのだ。

(ッ、だからなんなんだよその顔!! クソッ!! 捨て犬みてえな顔すんな!!)

 セインは、首を左右に振ると――むっすりした顔のまま言う。

「……俺の生まれたとこ、東方じゃねえけど。でも、メシの感じとかは似てる……と思う。だからまた、東方の郷土料理、作れよ。……俺の婆さんの作る飯に似てるんだ」
「う、うん!! わかった!! ……ちなみに、セインの好物ってなにか、聞いてもいいかい? 今後の参考にするよ!」

 すぐに元気を取り戻したヒイロに、呆れた顔をしながらも、セインは返す。

「好物ぅ? ……別に……、飯とか、食えればいいし……」
「パンとライスだとどっちが好き? 魚と肉なら? ええと、それから、それから……」
「だ、だからなんでもいいっつってんだろ!! 勝手にしろよ……!!」

 目を輝かせ、無邪気に質問を重ねるヒイロの姿に、セインは大型犬を連想した。なんなら尻尾をブンブン振る幻覚さえ見えてきそうだ。
 乱暴な態度でヒイロをあしらいながらも、彼は、内心ではとても動揺していた。

(ヒイロって……、こ、こんなアホな感じのヤツだったのか!? 今まで、直接喋ることなんてほとんどなくて……周りの連中の評価とか、噂話だけ聞いて、消したいくらい憎んでたけど。……なんか、このアホに嫉妬してたのが馬鹿みたいに思えてきたな……)

 セインがヒイロに嫉妬し、殺害未遂さえ企てたのは、彼が『主人公』の座を脅かすと思ったからだ。
 清く正しく美しい、完全無欠の、誰にでも愛される世界の主人公。必死で演じてきたその地位を奪われるわけにはいかないと思った。周囲に評価されるヒイロを見て、彼も、自分のように英雄の座を狙っているのだろうと信じて嫉妬した。

 ……それなのに実態は、セインに憧れて冒険者になったとのたまい、セインと共に過ごすためならば冒険者としての地位や栄誉も、英雄への道も投げ捨てるような変人だった。
 セインのために献身的に食事を作り――結界があるのに徹夜で見張りをするなど、多少の奇行も目立つが――愛されなくてもいいからと健気な愛を向ける姿は、少なくとも、セインの知る『理想の英雄』でもなければ『原作主人公』とも異なっている。

 猪突猛進に、どこまでも純粋な愛を向けてくるヒイロを見ていると、セインは今まで何と張り合っていたのだかわからなくなる。
 ただ――彼の作る食事は美味しくて。彼との、コントのようなくだらないやり取りが不快ではなくて。
 十年間、匿ってもらえる保証などなくても、もう少しだけヒイロと過ごしてやってもいいかもなと……そんなことを考え始めていたのだった。
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