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そして歯車は動き出す
そして歯車は動き出す①
しおりを挟む(へへ、早く昼休みにならないかなぁ……)
その日、チアキは上機嫌で授業を受けていた。浮かれているのは、昼休みになればノブユキと会う約束があるからだ。
二人で遊園地に行ったあの日以降、前よりも親しくなった彼らは、他の用事がない限りは学食で一緒に昼食をとるようになっていた。誘ったのはノブユキからなので、ヘタレなチアキも応じるほかなかったのである。
今は四時間目、授業終了のチャイムまではあと5分強。ここ最近はほぼ毎日のようにノブユキと共に食事をしているが、一向に慣れる様子もなく、毎日この時間になるとそわそわして浮かれてしまうのである。
(今日はタイチ先生が病欠だし、阿神もいつものようにサボってるし、他人の目を気にせず会いに行けるぞ……! いっつもこうなら気楽なのになぁ)
タイチはヤンデリオとして監視のため、ケイは恋バナが聞きたいから、とそれぞれ理由は違うものの、ヤンデリオの魔法使いたちはそれぞれチアキの動向に目を配っていた。とくに、タイチの監視を気にせずに済むのは、チアキにとってかなり気楽だ。
(……でも、先生が季節外れのインフルエンザにかかったってホントなのか? もしかしたら、それを理由に数日休んで、ボスと共謀してなにかやらかすつもりかも……? ……って、考えたとこでわかんないけどさ)
タイチがインフルエンザにかかり欠勤する、という話は、今朝代理としてやってきた副担任の教師から伝えられた。だが、昨日の彼に体調不良の様子はなかったので、チアキは若干疑っている。
疑ったところでできることもなく、ノブユキに忠告しようにも、自分が闇の魔法使いだと隠している限りはそれもできないし――などと考えているうちにチャイムがなった。
(っと――ぼーっとしてる場合じゃない! 先輩が待ってる!!)
昼休みになるや否や、財布を持って、チアキは食堂へと向かっていった。本当は走り出したい、どころか変身して魔法でワープしたら早いのになんて思っているが、悪目立ちするのは嫌なので早歩きだ。
食堂に着き、いつも待ち合わせしている座席に向かえば、そこにはノブユキの後ろ姿があった。以前なら自分から話しかけることなんてできなかったが、最近は、少しずつそれも慣れてきた。
今日はどんな話をしよう、どうやったら先輩を楽しませられるだろうかなどと考えながら、緊張を隠して声をかける。
「こ、こんにちはっ、先輩……」
「八雲ッ!?」
返ってきた声は、想定に反して鋭いものだった。いつもならば満面の笑みと優しい声で迎えてくれるはずのノブユキだが、なにやら、妙にピリピリした様子である。
緊迫した空気は、彼が振り返ってチアキを目にした瞬間にわずかに薄れた。ほっと溜め息をつく音が聞こえたが、しかし、表情の強張りは抜けていない。
「よかった……、おまえは無事だったんだな……」
「せ、先輩? なにかあったんですか……?」
ただならぬ様子に思わず問いかければ、小さな頷きが返ってくる。他の人に聞かれないように、と、耳元に顔を近付けて囁かれた。
「……ああ、魔法少女関連でちょっとな」
(うわぁああ先輩っ!? 顔、顔っ! 近すぎるってええ……!!)
真っ赤になるチアキだったが、ノブユキの言葉に、照れている場合ではないと慌てて気持ちを切り替える。耳元で囁き返す勇気はなかったが、他の人に聞こえないような音量で問い返した。
「な、なにがあったんですか?」
「それが……、用務員の、蒼井さんが失踪した。どうやら拐われたみたいなんだ」
「えっ……!?」
誘拐事件とはただ事ではない。思わず大声を出しそうになるもなんとか堪える。険しい表情のまま、ノブユキは続ける。
「犯人はヤンデリオの魔法使いだと思う。詳しくは言えないが、蒼井さんを付け狙ってる男がいたんだ。魔法で居場所を誤魔化していたんだが……どうやらバレてしまったらしい……」
(蒼井さん!? って、あの、いつも美化委員でお世話になってる用務員のおじさんだよな!? 狙われてたって誰にだよ、おれは違うし、阿神も『コウヤ様』以外はどうでもいいだろうし、ボスもあのハルっておじさんしか興味なさげだし……まさか……!)
そこではたとチアキは気づいた。認識阻害された恋人を探し続ける闇の魔法使い、といえば、タイチとその恋人のことで間違いない。
タイチの恋人、つまり、あの遊園地で一瞬戦ったり助けられたりした、フェアリーサファイアを名乗る光の魔法使いだ。あのときは認識阻害の魔法のせいかさっぱり気がつかなかったが、たしかに、そうだと言われてから思い出せば、あの男は用務員の蒼井ユウゴに似ていた――気もする。
タイチが欠勤しているのを考えると、彼が恋人を拐い、行方をくらませた可能性は高い。だが、そもそもタイチが闇の魔法使いであることを知るのはヤンデリオの仲間のみだ。自分の立場も暴露しなくては、ノブユキに、この事実は伝えられない。
どうするべきかと考え込んでしまったチアキだが、ノブユキは、その様子を違う意味に捉えたようだった。
「……まさか、八雲も蒼井さんのこと覚えてないのか?」
「へっ?」
一瞬、問いかけの意味がわからず、間抜けな声を出してしまう。
(えっと……ど、どうしよう……もしかして普通の人は蒼井さんのこと忘れてる? おれの記憶があるのは、魔法使いだから? もしそうなら、先輩に闇の魔法使いってバレちゃうかも……でも、先輩にこれ以上嘘つくわけにも……!!)
不安そうなノブユキの様子に、ますます、なんと答えていいかわからなくなる。闇の魔法使いとして共闘したことがあるとはいえ、ノブユキと敵対する組織に身を置いているのは事実なのだ。知られればきっと、今までどおりの関係ではいられない。
結局、おろおろしているうちに、ノブユキは話を進めだしてしまった。
「……八雲は覚えていないかもしれないが、蒼井さんは、うちの学校の用務員さんだ。美化委員の活動中、お世話になることがよくあった。そして……これはおまえにも伝えてなかったが……彼は、俺の魔法使いとしての仲間なんだ」
(……知ってる。あのとき……遊園地で戦ったとき、二人は、仲間として信頼しあってるって感じだった。嘘ついてコソコソしてるおれなんかと違って、本当の仲間って感じに見えて……おれは……)
思い出すと、心の奥でなにかがチリチリと燻っているような感覚があった。今はそれどころではない、とわかっていても、あのとき感じたユウゴへの嫉妬心が蘇ってしまう。
ましてや、ノブユキがいつになく真剣に彼の身を案じているものだから、余計に。
「蒼井さんは、俺にとって大事な仲間なんだ。なんとしてでも助けたい……。それにこれ以上、ヤンデリオに好き勝手されるわけにもいかないしな。校内でなにか不審なことがあれば、すぐ俺に知らせてほしい」
心配するのは当然のことで、嫉妬をするなど馬鹿げていると頭ではわかっていた。それでも、こんなにも彼の心を乱しているユウゴのことが、羨ましくて妬ましいと思ってしまう。
そんな自分を知られたくなくて、チアキは笑顔を取り繕った。
「……わかり、ました。無茶しないでくださいね、先輩?」
「ああ、おまえも気をつけてくれ。奴らはどこに潜んでいるかわからない。俺と親しくしているせいで、おまえになにかあったりしたら……俺は、耐えられん……」
ノブユキの心配が自分にも向いている。それに気づいたとき、チアキの心には仄暗い喜びが溢れていた。
彼の優しさを思えば当然のことで、自分だけが特別なわけではないはずだと、そうわかっているのに。
(ああ……先輩は優しいなぁ……。なのにおれは、こんな非常事態なのに蒼井さんに嫉妬して……保身のために隠し事して……なんて嫌なヤツなんだろう……)
このままユウゴが見つからなければ、ノブユキの優しさを独占できるのではないか。一瞬でもそんなことが頭によぎり、チアキは自己嫌悪を深めていく。
(おれは……おれは、ボスや先生みたいにはならない。自分勝手なワガママで、大好きな先輩を傷付けたくない。でも……せっかく手に入れたこの力を手放して、すべてを暴露する勇気もない……)
こみ上げてくる暗い感情を押し殺して、ノブユキの『いい後輩』でいるために、チアキは言う。
「……そんなことがあったんなら、おれなんかとメシ食ってる場合じゃないですよね。先輩は……蒼井さんを探してあげてください。おれ、一人でも大丈夫ですから」
「!? 待て、それとこれとは関係ないだろう? たしかに蒼井さんのことは心配だが……俺は、おまえのことも守りたいんだ」
「先輩には、おれなんかに構うよりもっと、大切なことがあるはずです。無理におれに優しくしてくれなくてもいいんですよ?」
「何を言うんだ? 無理なんかじゃない、俺は、おまえと過ごす時間が楽しくて……」
何かを言いかけたノブユキだったが、ハッとすると、眉をひそめてチアキの顔を覗き込む。
「……ひょっとして、迷惑だったろうか?」
不器用だが心優しい、彼らしい気遣いだった。チアキは首を横に振り、毅然とした態度で告げる。
「そんなことないです、でも……先輩の足手まといにはなりたくないんです」
「八雲……」
「先輩は、おれと違って特別な人でしょ? 先輩にしかできないことをやってください。おれは……そんな先輩を見てるだけでも、十分だったはずだから」
なにか言いたげなノブユキを制して、一方的に言い捨てると、チアキはその場をあとにした。長居していたら、自分で自分に負けてしまうような気がした。内側からじわじわこみ上げてくる醜い嫉妬心や自己嫌悪に、飲み込まれてしまいそうな気分だった。
(カッコつけたけど、結局、おれは先輩に嫌われたくないだけだ。仲良くなって、近くに行けば行くほど、先輩を独り占めしたいって思っちゃう。おれにそんな権利あるはずないのに。こんな醜い自分を見られたくない、幻滅されたくない……)
昼食を食いっぱぐれてしまったので、一度、購買に寄って教室に戻ることにする。あのまま食堂で過ごす度胸はチアキになかった。
廊下を歩きながら、ふと、彼は気づく。もしも蒼井ユウゴの失踪にタイチが関わっているのなら、放置していたら、なにか良からぬことが起きるかもしれない。
「……蒼井さんのこと、阿神にも相談したほうがいいかもな。おれだけじゃ……先生とボスには敵わないし」
ノブユキに立場を明かす度胸のない自分でも、ヤンデリオの内側からできることがあるはずだと。不安を誤魔化すようにして、そんなことを考えた。
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