魔法少女♂とヤンデリオ

嶋紀之/サークル「黒薔薇。」

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そして歯車は動き出す

②-3

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「……ふはっ、なんだよそれぇ。相変わらず無茶苦茶だねえ、ケイちゃんって。……あ、名前、変わらずケイちゃんって呼んでもいいのかな?」
「は、はいっ! 本名っす! 阿神ケイ、夢ヶ丘男子高校2年っ、17歳です!!」
 素性バレしたやけっぱちなのか、はたまた贖罪のつもりなのか、個人情報を開示し始めたケイを、そのへんでいいからとコウヤは止める。

「あー……ケイちゃん? さっき言ったとおり、おれは妖精で、君の恋心を利用して、自分の魔力を取り戻したクズ野郎だ。あんまり信用しないほうがいい」
「コウヤ様に使っていただけるならなんだって嬉しいっす!! むしろ罪滅ぼしのためにも、積極的にこき使ってほしいくらいで……!」
「待て待て待て。今の君はもう魔法使いじゃない、ただの人間なの! おれに力を奪われたから! もしもヤンデリオに……その裏にいる闇の神にバレたらどうなるかわかる? 軽率にこき使えとか言うんじゃないっての」
「こ、コウヤ様ぁ……! オレのこと心配してくれるんすね!? な、なんてお優しい……っ!」
「そういう話じゃなくてだなぁ!? 自分が置かれてる状況わかってる!?」
 呆れたように言われれば、ケイは、こくんと首を縦に振る。ほんの少しだけ真面目な表情を浮かべて彼は言う。
「わかってますよ。……でも、言うほど危険はないと思うっす。ボスはオレたち手駒どころか、素性が割れてる敵……魔法少女にすら監視をつけてなかった。使い捨ての駒風情を気にしてねえんすよ。……で、オレの役割はとっくに終わってる。恐らくは欲望の竜ジャネープ……巷で話題のカイブツを生み出して、闇の神復活に必要なエネルギーを集めるのがオレの仕事。ヤンデリオの作戦は次の段階……光の魔法使いの排除に動いた。ここで使える駒じゃねえオレは、洗脳を強められることもなく放置されてた。逆に、利用価値のある仲間は暴走させられた……ってことは、オレは『浮いてる駒』だと思うんすよね」
 想像以上に冷静に――ゲームの盤面でも見るかのように状況判断をしてみせる姿に、いつも恋に浮かれている姿しか知らなかったコウヤは驚いた。
 自分の置かれている状況を的確に理解し、自身の利用価値も把握している様子は、策略家である彼としては好感が持てる。
「……思ってたよりだいぶ冷静だね?」
「へヘ……コウヤ様に褒めていただけて嬉しいっす! ありがとうございますっ!!」
「や、褒めたというか、なんというか……? こうもマイペースだと調子狂うなぁ……」
 くわえて、いくら露悪的な言葉を選んでも、ケイの好意はちっとも変わらない様子。無力なこの世界の人間を巻き込むつもりが無かったコウヤ――妖精『ルビーの王』としては想定外である。
(ったく……おかしいなぁ!? 普通、利用されたっておれのこと責め立てる場面だろ!? 闇の神の支配下から抜ければ、おれへの執着心なんて薄まると思ってた。だからサクッと記憶消して、おれとの接触ごと無かったことにしちまえば、彼が狙われる可能性も情報漏洩の危険も無くなる計画だったのに……)
 妖精としての彼にとって、ケイは、あくまで自分たちと闇の神との戦いに巻き込まれた哀れな被害者でしかない。これ以上、自分や魔法使いに関わらせてしまえば、間違いなくケイを危険に巻き込む。
 人道的な意味でも、そして、情報戦におけるリスク管理の意味でも、ケイの記憶をそのままにしておく選択肢は無いのだ。

 無いはず――なのだが。問答無用で切り捨ててしまうには、愚かなまでに一途なこの少年に、わずかばかりの情が湧いてしまったのも事実である。
 てっきり、闇の神の支配のせいだろうと思っていた執着心――コウヤに向けられた恋心が、変身が解けてなお変わらないのを見せつけられて、ほんの少しだけ嬉しいと思ってしまったのだ。
 だからこそ、問答無用で記憶を消さず、馬鹿丁寧に本人を説得しにかかっているのだった。
「こほん……、とにかく! 今のケイちゃんは単なる一般人なんだよ? ヤンデリオについての記憶があるだけでも、奴らに狙われる危険性がある。奴らとやり合うのはおれに任せて、おとなしく記憶を消されておくのが一番幸せだと思うんだけど?」
 改めて危険性を念押しすれば、ケイは、しょんぼりした様子で顔を歪める。
「うぐっ……、で、でもオレ、嫌、です。コウヤ様が優しくしてくれたことも、こうして直接言葉を交わしたことも、……なんにも知らずにコウヤ様から奪った力を使ってた罪も。忘れたくない。コウヤ様に関することを忘れて生きるくらいなら、死んだほうがマシっすよ……!!」
「落ち着け。君は闇の神の支配下から抜けたばっかで、肥大した欲望に惑わされてるだけだ。おれみたいな詐欺師に命を懸けようなんて馬鹿げてるよ」
「ッ……、そ、それでも!! この気持ちは、オレの全てだから……! いくらコウヤ様でも、この気持ちが嘘とか勘違いとか、そういう誤解だけは許せないっす!! だってオレには……オレの人生には、コレしか、ねえから……!」
 思わず、といった様子で立ち上がり、ケイは叫ぶ。どこか悲痛ささえ感じられる、どこまでも切実な声だった。
 真剣にコウヤを射抜く眼差しは、一時の過ちだとか、魔法による錯乱だとか、そういった言葉で片付けられないほどのなにかを感じさせる。
(……自身の状況を的確に判断できる頭脳、目的のために手段を選ばん狡猾さ、そして、何があっても揺らがない強い信念。おれが絡むとアホになることを除けば……めちゃめちゃ有能なんだよなぁ、ケイちゃん……)
 コウヤは――妖精『ルビーの王』は策謀家である。人心を掌握して他者を操り、表舞台に出ることなく勝利を掴むのが彼のやり方だ。ケイのように頭が回る『有能な』人間は、それだけでもかなり好ましく感じてしまう。
 おまけにその行動理念は、全て、コウヤへの愛に殉ずるためときている。ここまで熱烈にラブコールを受けては、無碍にしづらいのも当然だった。

 ここまで話すつもりは無かったのに……、と、ため息をついて、彼は言う。
「はぁあ~……。ったく、強情だな。いいか、君やおれの心情を抜きにしても、君の記憶を残しておくわけにはいかない。君が魔法使いでなくなったことは、遅かれ早かれ闇の神にバレちまうだろ? そうなったら……君の記憶を辿って、おれの素性にまで辿り着かれるかも。おれがこの世界で『歌風コウヤ』として生きてることは、闇の神どころか、仲間の妖精たちすら知らねえ事実だ。だからこそおれは、君を利用して秘密裏に力を取り戻して……不意打ちで闇の陣営を潰そうと思ってたんだけど」
 その言葉に、自身がコウヤの邪魔になるのだと気づいたのだろう。ケイはハッと息を呑んだ。
「っ……、す、すみません、コウヤ様。オレ、ワガママ言って……」
「……だから。記憶を失いたくないなら、おれの手駒になってもらうよ? 元々、おれ一人だとどこまで動けるか怪しい部分はあったからね。おれの手足となって、闇の魔法使いを潰すのに協力してくれるんなら……その記憶はそのままにしてあげようじゃないか」
 ニヤリと露悪的に微笑み、コウヤは言う。
 そうだ――一般人として放置するから危険なのであって、自身の手駒として管理するならば、これほど使い勝手の良い相手もいない。コウヤの代わりに、表立って闇の神に敵対させる役を任せるのなら、記憶も残したままの方が都合がいいだろう。
 などとそれらしい理由を思い浮かべてはいるが、おそらく、一番の理由は『阿神ケイという男を気に入った』からだ。
 なにせ、妖精としても、歌風コウヤとして人間のフリをしていた時も、『利用されていても嬉しい』だなんていう愚かな愛を真正面からぶつけてきた相手は初めてだったから。

 ケイは、ほんの一瞬だけ言われた言葉を反芻するように黙り込むと……すぐさま目を輝かせ即答する。
「は、はいっ!! コウヤ様のお役に立てるなら、喜んで!! なんでもしますっ、任せてください!!」
「……即答!? も、もう少し考えるとか、裏を疑うとかしないのかよ、君さあ!?」
「え? オレ、言ったじゃないですか! コウヤ様のお役に立てるなら本望だって。いくらでも便利に利用してくれて構わねえっす!! っつーか、オレがコウヤ様のために動くのは当然のことだし! 魔法泥棒の罪滅ぼしだって必要なのに! わざわざ確認してくれて、そのうえ、コウヤ様やオレや、オレの友達まで利用した闇の神とかいうクソ野郎へ仕返しする権利までくれるなんて!! さすがコウヤ様ですっ、優しすぎるっす……!!」

 何をどうやってもポジティブに受け取る姿に、思わず、笑いがこみ上げる。こうも素直に愛を示されるのは、悪い気はしない。
「ふっ……ははっ。そっかあ、そう受け取るかぁ……。あー、気を張ってたおれが馬鹿みたいだな」
「? コウヤ様はいつでもスーパー大天才じゃないですか?」
「はいはいわかった、そういうのいいから。……君が『そういう人間』なのは理解したよ、その覚悟も。……おれは悪い男だから、君が差し出してくれるんなら、その全部を喰らい尽くして利用するけど……いいんだね?」
「っ……♡ は、はいっ……! オレの身も心も全部、全部コウヤ様のものですっ! なんでも好きに使ってください!!」
 脅しのつもりでかけた言葉だが、どういうわけだか、ケイは恥じらう乙女のように頬を染めていた。
「いやだからなんでそこで喜ぶ……、はぁ、まあいっか……?」
 彼のペースに呑まれていては、一向に話が進まなさそうだ。仕方無しに思考を切り替え、目の前の問題に対象せねばと、コウヤ――妖精『ルビーの王』は口を開く。
「……さて、そろそろ真面目な話に戻っていいかい? ケイちゃん、最初の命令だ。君の身の回りで起きたこと、ヤンデリオに関する出来事、君が見た全てを教えてくれ。……ああもちろん、こっちの……光の陣営の事情も、おれが知る限りは教えるよ。君は今からおれの手足だ。しっかり情報共有しなくちゃね?」
「っ……、は、はい。オレも正直、現状をあんまり把握しきれてないんですけど……実は……」

 コウヤの空気が変わったのに気づいたのか。ケイも、表情を引き締めると、順を追ってこれまでの経緯を話していく。


 ボスに勧誘され、気づけばヤンデリオになっていたこと。その命令で欲望の竜ジャネープという怪物を生み出し、暴れさせることで、闇の神復活のためのエネルギーを集めていたこと。その邪魔をする魔法少女――と呼ばれている青年、晶水あきみノブユキのこと。
 それから、ヤンデリオの仲間について。クラスメイトである八雲チアキ、担任の教師である芝里タイチ。ボスと呼ばれている少年、闇の魔法使いフレンジィの素性だけは未だに不明だ。
 チアキを仲間にした直後、ちょうどコウヤと接触しはじめた時期から、欲望の竜ジャネープを作れという命令が無くなったこと。
 それから一月ほど、平和な時期が続き――先日、担任教師である芝里タイチと、その恋人でありもう一人の光の魔法使いらしき人物が失踪したこと。
 チアキからその相談を受けた直後、彼も、どうやら魔法を暴走させた挙げ句に失踪し、今は一切連絡が取れないこと……。


 話しているうちに、ケイ自身も記憶の整理になったようで、違和感を思い出しながらもコウヤに告げる。
「ボス……闇の魔法使いフレンジィは、惚れた相手を洗脳して、言いなりのお人形にして飼ってるのを自慢してました。洗脳の魔法が使えるのは間違いないと思います。多分、オレや八雲……ダチも弱い洗脳をされてた……」
「ふむ……もう一人の仲間、学校の先生って人は?」
「先生は、オレたちと違って、ボスともどこか対等に振る舞ってました。ただ……又聞きの情報っすけど、先生の恋人さん曰く、彼もどこかおかしくなってたっぽくて。今思うと……ボスじゃなくて、直接闇の神に弄られてる可能性もあるかも……」
「りょーかい、頭の片隅に置いとくよ。……にしても、光の魔法使いが一人拉致されて、闇の魔法使いは暴走疑惑……。なかなかキツイ状況かもねえ」
 険しい顔でつぶやくコウヤに、ケイも、重々しく頷いた。
 強引に魔力を抜かれ、闇の魔法を失ったおかげで、ケイにかかっていた洗脳は解けたように見える。冷静になれば、欲望の竜ジャネープ召喚など明らかに自分の意思ではやらないことをやっていた記憶があり、どうにも落ち着かない心地だった。
 今も失踪中の友人……チアキは、度々頭痛に悩まされていた。あれも洗脳の影響だとしたら、今も彼が苦しんでいるのなら。放っておくわけにもいかないだろう。

 ケイが不安そうにしているのに気づいたのか、コウヤは、くしゃりとその頭を撫でて笑う。
「ま、そう焦りなさんな。こうなりゃ落ち着いて動くしかないんだ……少なくともおれたちは、向こうから認識されてない。それだけでもアドバンテージはあるはずだよ?」
「コウヤ様……」
「考えるのは、情報が出揃ったあとだよ。……さ、次はおれの番だ。できるだけ簡潔に話すけど……多少長くなるのは許してね?」
 緊張を和らげるように微笑むと――コウヤは、自身の『これまで』を。ケイの知らない、光の魔法使い側の事情を語り始めた――。
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