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そして歯車は動き出す
そして歯車は動き出す③-1
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(大丈夫大丈夫っ、コウヤ様がぜってーバレねえってお墨付きくれたし……! オレがヘマしなけりゃ、問題ねえはず……!)
――怒涛の出来事の連続だった、その翌日。コウヤとの作戦会議を終えたケイは、何事もなかったかのように学生寮に戻ると、ボスとの連絡場所となっている談話室へとやってきていた。
「失礼しゃーっす……、って、誰もいねえのか」
魔法で隠蔽させられているため一般生徒が入り込むこともない室内には、当然ながら誰一人おらず、がらんとしている。
(そりゃそうか……、八雲は失踪中、先生は表向きには病欠中。学校の敷地内にいるわきゃねえよな)
万が一にも、行方知れずの二人と接触できたら――と思っていたが、そう簡単にいくわけはないようだ。
「……ボス? どうせどっかで聞いてんだろ? 昨日から八雲と連絡取れねーどころか、アイツのいた痕跡ごと消えてんだけど。何があったんだよ」
とはいえ――姿が見えずとも、『ボス』こと闇の魔法使いフレンジィが、何かしらの手段でこちらを監視しているのは間違いない。この室内限定で、だが、自身を見張るような視線があるのを、盗撮・盗聴系魔法特化のケイは感じ取っていた。
駄目元で言葉を虚空に投げかけるも、反応は一切無い。
「チッ……、だんまりか?」
思わず、といった調子で悪態をついた、そのときだ。
『え? 誰か……、そこに、いるのか……?』
「っ!? 誰だ!?」
ふいにどこからともなく聞こえたのは、ボスの声よりもだいぶ老けた雰囲気の、低くも優しい印象のする男の声だ。
反射的に何者だと問いかければ、困惑した様子で返事が返ってくる。
『お、俺は……ハル。ご主人様には、そう呼ばれている……』
(ハル? ……って、たしか……ボスが洗脳して手元に置いてる、あのオッサンだよな。なんでそいつが?)
ハル、と呼ばれている男が、いつもボスに侍っているのは知っていた。他ならぬ彼自身が見せびらかすように、『洗脳して言いなりにした想い人なのだ』と紹介していたこともある。
ボスと共にいるときは、いつも彼だけを見て、その言葉をひたすら肯定するだけの存在に思えたハルだが、どうにもこの声の主は、もう少しだけ自分で思考する能力はありそうだ。
(洗脳が解けかけている? それとも、洗脳したっつってもある程度の自我は残ってたのか? あるいは……ハルを名乗る別人なのか。それにしちゃあ声も似てる、やっぱ本人か……?)
訝しむケイだったが、それは相手も同じだったようで、おっかなびっくりといった様子の声が聞こえてくる。
『あの。君は、いったい……?』
「あー……オレは、アンタのご主人様とやらの部下だよ。ちっとボスに話があってな。近くにいねえのか?」
『すまん、わからない……。最近、あまり側にいてくれないんだ。これからも俺とずっと一緒にいるために、やらなきゃいけないことがあるから、って……』
(ボスが側にいねえ、ってのは、闇の神復活関連でなんか動いてんのか? この声、どうにもあのハルってオッサン本人っぽいんだよな……。ってなると、このまま情報収集したほうがいいか……)
おどおどと話す男の声に、嘘があるようには感じられない。警戒心は緩めぬまま、あくまで雑談を装い、ケイは続ける。
「……そうかよ。てか、なんでアンタはオレと会話できてんだ? アンタも魔法使いなの?」
『ええと、俺は、ご主人様みたいに力は使えないけど。その……魔法の鏡があるから……、』
「魔法の鏡?」
『その、俺、留守番を任されていて。ご主人様と俺の部屋にいるんだ。この鏡は、いつも、ご主人様が君たちと喋ってるやつ、だと思う……。俺も、急に声が聞こえたから驚いて……』
「へぇ……、そっちからオレの姿は見えてんの?」
『今は見えないな……。ご主人様が前使ってたときは、姿も見えてたはずなんだが……?』
「……魔力を通さなくても声だけは筒抜け、ってことか? 映像は、ボスが魔法を使わないと届かない? ……いや、今はンなことどうでもいいか……」
ハルの言葉を信じるならば、会話ができているのは彼の力ではなく、ボスが生み出した魔法の道具によるものらしい。ケイも、それに近い魔法をコウヤのストーキングに使っていたので、なんとなくの感覚で理解はできた。
どうやらハルは、ケイにあまり警戒心を抱いていない――というか、他人を疑うことを知らないようにすら思える。以前見かけた容姿はそれなりに歳のいった中年だったはずだが、無垢な言動は、まるで幼子を相手にしているようなチグハグさがある。
それも洗脳の産物なのだろうかと考えつつ、ケイは、会話を続けていった。
「……なぁ、この際アンタでもいいや。八雲チアキ、あるいはジェラシィって呼ばれてる男の行方を知らねえか? オレのダチで、そいつも仲間なんだが、いきなり行方を眩ませて連絡も取れねーんだよ」
『八雲……、ああ、あの少年か……』
「知ってんのか!?」
『いや、前にご主人様と一緒に、見たことがあるだけだ……。すまん、今どこにいるかはわからない。そもそも俺は、この部屋から勝手に出られないから……』
「はぁ!?」
何事も無いかのように言われた一言に、思わず、ケイは驚愕の声を上げてしまった。
「え、アンタ、監禁されてんの?」
『……監禁? そうなるのか? でも……、俺はご主人様の所有物だから、勝手に行動できないのも当然だろ?』
「いやいやいや。いくらなんでも束縛しすぎだろ……」
洗脳だけでも相手の行動を縛るならば十分だろうに、そのうえで監禁までするとは。どれだけの狂愛を向けているのだろう。
自分のストーカーぶりは棚に上げ、ケイは、ボス――フレンジィという青年に恐怖を抱いた。
そして、それに一切反発しない――おそらくは魔法で反抗できなくされている、ハルという男にも。
「……外出たいとか思わねーの? アンタだって、そこで暮らす前は普通に生活してたんだろ」
『いや……、前の俺のことは、あまり、覚えてなくて……。俺はご主人様を愛するために生まれた俺だから。外に興味を持ったこともないよ、だって、そんなことしたら悲しむだろ?』
「は? ヤッバ……」
ボスの罪状に記憶操作まで加わった。記憶を消して、洗脳して、自分に言いなりの人格を植え付け、おまけに監禁までして。それを嬉々として自慢していたあの青年と、そのおぞましい所業を嬉しげに語る被害者に、背筋が凍るような思いがする。
思わず漏らしてしまった素の反応に、ハルは、怪訝そうな声で問い返した。
『……やばい? 俺って、そんなにおかしいのか……?』
「や……アンタっつか、ヤベーのはアンタのご主人様の方だと思うけど……」
『そんなことはないっ!!』
やんわりとだが、ケイが、ボスを責めるような素振りを見せた――その瞬間。突如、ハルの様子が一変する。
『アイツは……サイは、悪くないんだ……! 悪いのは俺だ。俺のせいで、アイツがおかしくなったんだ。だから責任をとらなきゃいけない。償いのために俺は、自ら望んでこうなったんだから……!!』
ブツブツと呟く声は、ケイに話すというよりは、自分に言い聞かせるかのような様子だった。むしろ彼の存在を忘れているようにも見える。
一瞬、面食らったケイだったが、すぐに冷静さを取り戻して、そのつぶやきに耳を傾ける。最愛の人から命じられたスパイミッションに、彼は、今まで無駄に持て余してきた有能ぶりを発揮させていた。
(サイ? 人の名前、だよな? ってことは……この流れだと、まさかボスの本名か!? この男とボスの間に、どんな過去が………?)
どこでボスが見張っているかもわからない。思案している素振りは微塵も出さず、いつもの自分らしい調子で、ケイは急いで謝罪を告げた。
「……悪かったよ、なんも知らずに言いすぎた」
『あ、いやっ、俺こそ……取り乱してすまん……』
すぐに、ハルの声は先程通りのオドオドしたものへと変化した。トリガーはボスへの批判、の可能性が高い。
なんとか情報収集を続けようと、極力自然に、まるでこの気まずい雰囲気を崩すためを装い、ケイは言う。
「ええと……それよりさぁ! 直接じゃないにしても、ボスから、なんか八雲の話とか聞いてねえかな? アイツ、失踪前に魔法の暴走起こしてたっぽいんだよ。怪我とかしてねえか心配で……」
『すまん……、それも、わからない……。ご主人様は、あまり、君たちの話をしないから……』
(……ボスの秘密主義は徹底的だな。お気に入りのお人形にも話してねえのかよ)
『……あっ、でも、昨日から外が少し騒がしいんだ。人の気配も増えた気がする。もしかしたら、八雲って少年もこの《家》の中にいるかもしれないな』
「家? って……、アンタらのいる異空間? つってもなぁ~……? こっちは行き方も知らねえしよ……」
――きた。失踪中のチアキに見つかる手がかり、そして、未だわからないヤンデリオの、ひいては闇の神の本拠に繋がる手がかりだ。
日常会話の雰囲気を壊さぬようにと気をつけながらも、ケイは、さらなる情報を引き出そうと試みる。
しかしそれは、彼の登場により阻まれてしまう。
『――何をしているんだい、ハル?』
ぞっとするほど冷たい声がしたかと思うと、向こう側で、ガラスが割れるような音がする。
「ッ!?」
慌ててケイが身構えた途端、目の前に、異常なほどの存在感を放つ男が現れていた。
人形のように整った顔立ちに、肩にかかるほどの長い白銀の髪。眼鏡越しに光る、不気味な翡翠色の瞳。ゴシック調の衣装に身を包んだ美青年――ヤンデリオのボス、闇の魔法使いフレンジィが、そこにいた。
「さて……君とも少し話が必要かな、ファナティック? 君は僕に協力的で忠実な部下だと信じていたんだが……?」
「あー……ハ、ハハ……。ども、ボス……? 珍しいじゃん、こっちに出てくるなんて……」
「ハルと、何を喋っていた?」
底冷えするほどの重々しい声からは、僅かに、魔力が滲み出している。見た目だけならばケイと同年代に見えるのに、とんでもないプレッシャーだ。
「彼は僕の、僕だけのオモチャなんだ。あまり余計なことを吹き込まれては困るんだけどねえ……?」
(クソッ……誤魔化しは効かねえか!? だが、どうやらあのハルって奴が絡んだせいで、余裕がねえようにも見える。なら……)
ごくりと生唾を飲み込むと、ケイは、努めて普段通りを装い、返答する。
「別に……大したことじゃねえっすよ。そもそも、ボスに聞きたいことあったんで話しかけたら、なぜかあの人が返事して。流れで駄弁ってただけなんで」
「……聞きたいことだと?」
「そーそー。八雲って、今どこで何してんすか? アンタなら知ってるかなって。存在ごと消えたみてーにいなくなるし、連絡つかねーし、何があったのか心配なんだよな」
ふっ、と、ケイの全身にかかっていたプレッシャーが軽くなる。ハル自身に興味を示さなかったのが幸いしたのか。
ボスも、普段通りの余裕めいた態度を取り戻し、嘘くさい笑顔を口元に浮かべていた。
「へえ……彼と君は親しかったのか。珍しいね? 想い人以外に興味を持たない君が……」
「そりゃ一番はあの人だけど、仲間の心配くらいはするぜ? ……つか、居場所知ってんなら教えてくれてもいいだろ。オレたち、仲間っすよね?」
疑われてはならない。いくらコウヤの魔法で隠蔽してあるとはいえ、ケイが正気だとバレたらおしまいだ。
バクバクと高鳴る心臓を、軽薄な笑顔で必死に隠す。
ほんの少し、探るようにこちらを見つめていたボスだったが――すぐに疑念は解かれたのか。淡々とした声が返ってきた。
「はぁ……彼は無事だよ。魔法の暴走を起こしたので、僕の目の届くところで休息を取らせているが、命に別状はない」
「マジか? ならいいけど……、あっ! そこってオレも行けるとこ?」
「君には関係ない。これ以上興味を持つな。……いいね?」
「う、うっす!! サーセン……!」
これ以上の深入りは、確実に、正気に戻ったとバレてしまうだろう。もう少し情報が欲しいところだが、それでコウヤの計画を崩しては元も子もない。
素直に引くことにしたケイだったが、ボスは、僅かな違和感すら見逃してはくれなかった。
「……そういえば、どうしてジェラシィを探していたんだい? 君がなんの理由もなく、想い人との時間を削ってまで、彼を探すとは思えないのだけど……?」
「え? そりゃ、八雲に用事があったから……」
「用事? ……『聞かせてよ、なんの用事か』」
「ッッ!?」
きぃん、と、耳鳴りのような感覚がケイを襲う。洗脳の魔法を使われたのだと理解した。
妖精であるコウヤとの契約で、光の魔法使いとしても目覚めたケイでさえ抗いがたいほどの強制力だ。油断すれば、真実を吐きそうになってしまう。
洗脳に抗いきれず、ケイの口が言葉を紡ぎ出す。
「それは……」
「それは?」
「八雲に……」
「彼に……?」
「……八雲にっ、これを、借りてたゲームを返さなきゃいけなくてっ!!」
「――は?」
しかし、その口から出てきたのは、追求に備えて用意しておいたカバーストーリーだった。
こうなることも予想して、あらかじめ、この質問にはこう答えるようにと自動迎撃的な魔法を仕込んでおいたのが功を成した。
さすがのボスも予想外だったのか、呆れたような、どこか気が抜けたような顔をしている。
「ファナティック、その……これは?」
「だから、八雲に借りてたゲームっすよ。遊び終わったから返そーと思ったのに……アイツ、部屋にいねえし、連絡もつかねーし。流石におかしくね? ひょっとして事故とか事件に巻き込まれた!? って、心配したんすよ!! まあ、無事よかったけど……」
「……ああそうか、つまらないことを聞いてすまなかったね」
「あっ、そーだ! よかったらこれ、ボスが代わりに渡してくれません? アイツも学校休んでるんなら暇でしょ? 命に別状ないんなら、ゲームする元気くらいはあるってことっすよね?」
「それは……、そう、だね。一旦、僕が預かっておこう。君は何も心配せず、今まで通りに過ごしていたまえよ」
「あざーっす!! 言われなくてもそーするっすよ、オレ、忙しいんで!! ……じゃ、また~!」
疑われるよりも先に退室しようと、ケイは、お気楽な調子でまくし立てた。他人から自分がどう見えているかは知っている。軽薄でチャラい、脳天気なバカ男だと――そう思わせておけば、ボスがこれ以上疑ってくることも減るだろう。
(……普通に聞いて、行き方教えてもらえるわけもねえか。とりあえず怪しまれなかっただけ上出来だな。それに……ボスの弱点になりそうな男との接点もできた)
ゆっくりと寮の自室へ向かいつつ、ケイは、今後の作戦を脳内シュミレートする。まずはコウヤへの状況報告が最優先だ。
(これ以上、奴らの好きにはさせねえ。ボスには悪いが……オレとコウヤ様のラブラブハッピーライフ♡ の犠牲になってもらうからな……!)
――怒涛の出来事の連続だった、その翌日。コウヤとの作戦会議を終えたケイは、何事もなかったかのように学生寮に戻ると、ボスとの連絡場所となっている談話室へとやってきていた。
「失礼しゃーっす……、って、誰もいねえのか」
魔法で隠蔽させられているため一般生徒が入り込むこともない室内には、当然ながら誰一人おらず、がらんとしている。
(そりゃそうか……、八雲は失踪中、先生は表向きには病欠中。学校の敷地内にいるわきゃねえよな)
万が一にも、行方知れずの二人と接触できたら――と思っていたが、そう簡単にいくわけはないようだ。
「……ボス? どうせどっかで聞いてんだろ? 昨日から八雲と連絡取れねーどころか、アイツのいた痕跡ごと消えてんだけど。何があったんだよ」
とはいえ――姿が見えずとも、『ボス』こと闇の魔法使いフレンジィが、何かしらの手段でこちらを監視しているのは間違いない。この室内限定で、だが、自身を見張るような視線があるのを、盗撮・盗聴系魔法特化のケイは感じ取っていた。
駄目元で言葉を虚空に投げかけるも、反応は一切無い。
「チッ……、だんまりか?」
思わず、といった調子で悪態をついた、そのときだ。
『え? 誰か……、そこに、いるのか……?』
「っ!? 誰だ!?」
ふいにどこからともなく聞こえたのは、ボスの声よりもだいぶ老けた雰囲気の、低くも優しい印象のする男の声だ。
反射的に何者だと問いかければ、困惑した様子で返事が返ってくる。
『お、俺は……ハル。ご主人様には、そう呼ばれている……』
(ハル? ……って、たしか……ボスが洗脳して手元に置いてる、あのオッサンだよな。なんでそいつが?)
ハル、と呼ばれている男が、いつもボスに侍っているのは知っていた。他ならぬ彼自身が見せびらかすように、『洗脳して言いなりにした想い人なのだ』と紹介していたこともある。
ボスと共にいるときは、いつも彼だけを見て、その言葉をひたすら肯定するだけの存在に思えたハルだが、どうにもこの声の主は、もう少しだけ自分で思考する能力はありそうだ。
(洗脳が解けかけている? それとも、洗脳したっつってもある程度の自我は残ってたのか? あるいは……ハルを名乗る別人なのか。それにしちゃあ声も似てる、やっぱ本人か……?)
訝しむケイだったが、それは相手も同じだったようで、おっかなびっくりといった様子の声が聞こえてくる。
『あの。君は、いったい……?』
「あー……オレは、アンタのご主人様とやらの部下だよ。ちっとボスに話があってな。近くにいねえのか?」
『すまん、わからない……。最近、あまり側にいてくれないんだ。これからも俺とずっと一緒にいるために、やらなきゃいけないことがあるから、って……』
(ボスが側にいねえ、ってのは、闇の神復活関連でなんか動いてんのか? この声、どうにもあのハルってオッサン本人っぽいんだよな……。ってなると、このまま情報収集したほうがいいか……)
おどおどと話す男の声に、嘘があるようには感じられない。警戒心は緩めぬまま、あくまで雑談を装い、ケイは続ける。
「……そうかよ。てか、なんでアンタはオレと会話できてんだ? アンタも魔法使いなの?」
『ええと、俺は、ご主人様みたいに力は使えないけど。その……魔法の鏡があるから……、』
「魔法の鏡?」
『その、俺、留守番を任されていて。ご主人様と俺の部屋にいるんだ。この鏡は、いつも、ご主人様が君たちと喋ってるやつ、だと思う……。俺も、急に声が聞こえたから驚いて……』
「へぇ……、そっちからオレの姿は見えてんの?」
『今は見えないな……。ご主人様が前使ってたときは、姿も見えてたはずなんだが……?』
「……魔力を通さなくても声だけは筒抜け、ってことか? 映像は、ボスが魔法を使わないと届かない? ……いや、今はンなことどうでもいいか……」
ハルの言葉を信じるならば、会話ができているのは彼の力ではなく、ボスが生み出した魔法の道具によるものらしい。ケイも、それに近い魔法をコウヤのストーキングに使っていたので、なんとなくの感覚で理解はできた。
どうやらハルは、ケイにあまり警戒心を抱いていない――というか、他人を疑うことを知らないようにすら思える。以前見かけた容姿はそれなりに歳のいった中年だったはずだが、無垢な言動は、まるで幼子を相手にしているようなチグハグさがある。
それも洗脳の産物なのだろうかと考えつつ、ケイは、会話を続けていった。
「……なぁ、この際アンタでもいいや。八雲チアキ、あるいはジェラシィって呼ばれてる男の行方を知らねえか? オレのダチで、そいつも仲間なんだが、いきなり行方を眩ませて連絡も取れねーんだよ」
『八雲……、ああ、あの少年か……』
「知ってんのか!?」
『いや、前にご主人様と一緒に、見たことがあるだけだ……。すまん、今どこにいるかはわからない。そもそも俺は、この部屋から勝手に出られないから……』
「はぁ!?」
何事も無いかのように言われた一言に、思わず、ケイは驚愕の声を上げてしまった。
「え、アンタ、監禁されてんの?」
『……監禁? そうなるのか? でも……、俺はご主人様の所有物だから、勝手に行動できないのも当然だろ?』
「いやいやいや。いくらなんでも束縛しすぎだろ……」
洗脳だけでも相手の行動を縛るならば十分だろうに、そのうえで監禁までするとは。どれだけの狂愛を向けているのだろう。
自分のストーカーぶりは棚に上げ、ケイは、ボス――フレンジィという青年に恐怖を抱いた。
そして、それに一切反発しない――おそらくは魔法で反抗できなくされている、ハルという男にも。
「……外出たいとか思わねーの? アンタだって、そこで暮らす前は普通に生活してたんだろ」
『いや……、前の俺のことは、あまり、覚えてなくて……。俺はご主人様を愛するために生まれた俺だから。外に興味を持ったこともないよ、だって、そんなことしたら悲しむだろ?』
「は? ヤッバ……」
ボスの罪状に記憶操作まで加わった。記憶を消して、洗脳して、自分に言いなりの人格を植え付け、おまけに監禁までして。それを嬉々として自慢していたあの青年と、そのおぞましい所業を嬉しげに語る被害者に、背筋が凍るような思いがする。
思わず漏らしてしまった素の反応に、ハルは、怪訝そうな声で問い返した。
『……やばい? 俺って、そんなにおかしいのか……?』
「や……アンタっつか、ヤベーのはアンタのご主人様の方だと思うけど……」
『そんなことはないっ!!』
やんわりとだが、ケイが、ボスを責めるような素振りを見せた――その瞬間。突如、ハルの様子が一変する。
『アイツは……サイは、悪くないんだ……! 悪いのは俺だ。俺のせいで、アイツがおかしくなったんだ。だから責任をとらなきゃいけない。償いのために俺は、自ら望んでこうなったんだから……!!』
ブツブツと呟く声は、ケイに話すというよりは、自分に言い聞かせるかのような様子だった。むしろ彼の存在を忘れているようにも見える。
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なんとか情報収集を続けようと、極力自然に、まるでこの気まずい雰囲気を崩すためを装い、ケイは言う。
「ええと……それよりさぁ! 直接じゃないにしても、ボスから、なんか八雲の話とか聞いてねえかな? アイツ、失踪前に魔法の暴走起こしてたっぽいんだよ。怪我とかしてねえか心配で……」
『すまん……、それも、わからない……。ご主人様は、あまり、君たちの話をしないから……』
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『……あっ、でも、昨日から外が少し騒がしいんだ。人の気配も増えた気がする。もしかしたら、八雲って少年もこの《家》の中にいるかもしれないな』
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――きた。失踪中のチアキに見つかる手がかり、そして、未だわからないヤンデリオの、ひいては闇の神の本拠に繋がる手がかりだ。
日常会話の雰囲気を壊さぬようにと気をつけながらも、ケイは、さらなる情報を引き出そうと試みる。
しかしそれは、彼の登場により阻まれてしまう。
『――何をしているんだい、ハル?』
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「ッ!?」
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「……聞きたいことだと?」
「そーそー。八雲って、今どこで何してんすか? アンタなら知ってるかなって。存在ごと消えたみてーにいなくなるし、連絡つかねーし、何があったのか心配なんだよな」
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「ッッ!?」
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「それは……」
「それは?」
「八雲に……」
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「……八雲にっ、これを、借りてたゲームを返さなきゃいけなくてっ!!」
「――は?」
しかし、その口から出てきたのは、追求に備えて用意しておいたカバーストーリーだった。
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「それは……、そう、だね。一旦、僕が預かっておこう。君は何も心配せず、今まで通りに過ごしていたまえよ」
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(……普通に聞いて、行き方教えてもらえるわけもねえか。とりあえず怪しまれなかっただけ上出来だな。それに……ボスの弱点になりそうな男との接点もできた)
ゆっくりと寮の自室へ向かいつつ、ケイは、今後の作戦を脳内シュミレートする。まずはコウヤへの状況報告が最優先だ。
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