魔法少女♂とヤンデリオ

嶋紀之/サークル「黒薔薇。」

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最終決戦

①-2

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 ノブユキたちが到着したのは、真っ白な扉だけが延々と続く廊下のような空間。闇の魔法使いのボス、フレンジィが作り出した異空間への通路だった。
 ケイの指示に従い、ノブユキはチアキを、妖精二人はユウゴを探しに、そしてケイはコウヤから頼まれた破壊工作のため、散り散りになって探索を始めた。


 ――蒼井ユウゴが監禁されているのは、通路と繋がる異空間のうちのひとつ、魔法により異界と化した芝里タイチの自宅アパートだ。
 現在、彼は、恋人であるタイチの手により、魔法による性的拷問を受けていた。

 タイチの操る魔法生物である触手は、ユウゴの体に巻き付き、じわじわと舐めしゃぶるようにして全身を責め立てる。気が狂いそうなほどの快楽の中、彼は必死に自我を保とうと歯を食いしばっていた。
 とうのタイチ本人は、『貴方とともに過ごすための仕事があるので』などと言って、部屋から姿を消してしまったが。

「あ゛っ……! ぐぅ……っ、このっ、キッショイ触手、外れねえ、のかよ……っ!! っつーか、このままだと翠野先生に見られちまうんだが……!?」

 タイチが抜け出す時間をだいたい把握していた彼は、翠野ハルヒコ――フレンジィに洗脳され下僕にさせられている『ハル』と、再び、魔法の鏡越しに会う約束を取り付けていた。
 記憶がないとはいえ、知人に醜態を見せてしまうのはなんだか居心地が悪い。

 なんとか触手を解けないものかと暴れるも、衰弱しきった体では太刀打ちできない。
 このまま、いつか己の心か体が負けるまで甚振られるしかないのだろうか――と絶望しかけたその時。
 馴染みのある魔法の気配を微かに感じて、ユウゴは驚愕する。

「……ん? この、魔法の気配……っ。まさか、ノコが来てやがるのか!? ……やべえっ、ガキンチョにこんな姿見られてたまるかよ!?」

 救いの手はありがたいが、子供にこんな陵辱現場を見られるわけにもいかない。
 おまけに、触手と戦いながら自身を救出するという重労働を、妖精たちに課すのは心が傷んだ。

 助けがやってくるというのならば、なりふり構ってはいられない。監禁生活で衰弱しきった体に鞭を打ち、ユウゴは、気合いで触手を引きちぎろうと試みる。
「ぐぅう……ッ、クソッタレがぁあっ!! ……俺の! エロいとこ! 見ていいのは! タイチのアホ野郎だけだっつーの!! こんなだっせえカッコ、人様に見られてたまるかよ……ッ!!」

 ――それはまさしく、火事場の馬鹿力というやつだった。
 ユウゴが全身の筋肉に力を込めれば、大蛇のように体に巻き付いていた触手が、ぶちりぶちりと千切れていく。
 魔法の使えなくなった体で、純粋な筋力と意志の力だけで、彼は魔法に抗ってみせたのだ。

「うおぉおおおおッッ!!」
 ブチブチぃッッ!! と音を立て、引きちぎられた触手生物。その核であろう魔力の塊を、ユウゴは、思い切り足で踏み潰す。
 ぐちゃり、と鈍い音がした後、触手は微動だにしなくなっていた。

「っ……、ふぅう……。な、なんだよ……。魔法なしでもなんとかなるじゃねえか。……いや、タイチが戻ってきちまったら戦り合うのは厳しいが……」

 はあはあと肩で息をしていると――ふいに、視界の端で、きらりと光る何かがあった。
 それは、この空間と外の世界を繋いでいる魔法の鏡。ハルと会話をするために使っていたアイテムだ。


『なっ……!? だ、大丈夫か、蒼井さん!?』
「お!? 翠野先生か!!」

 光が差し込んだのは、どうやら、この空間の外側――異空間同士をつなぐ廊下から、ハルがこちらを覗き込んだせいだったようだ。
 どう見ても陵辱された直後であるユウゴの風体に、彼は、驚きと心配を隠せない様子である。

『その……、ずいぶんボロボロのように見えるけど……、どうしたんだ……?』
「いやー、ウチの彼氏がアホやらかしてな! 触手プレイ仕掛けてきやがったんだが、気に食わねえから引きちぎってやったとこだよ」
『引きちぎる……!? ほ、本当に大丈夫か、それ……!?』

 心底心配した様子のハルに、大したことはないとユウゴは笑う。笑い飛ばしでもしないとやってられない気持ちであるのは本人だけの秘密だ。


「あー……ところでな? せっかく来てくれたとこ悪いんだが……翠野先生は、そろそろ逃げたほうがいいかもしれねえな」
『……え?』
「いや、俺の仲間がココに潜入したみてえなんだわ。もうじき俺を助けに来るはずだ。そうなると、俺は変身して彼氏を正気に戻さにゃならんし……あいつも抵抗するだろうし。戦いになっちまうと、アンタを守れねえ可能性が高いからな。うちの仲間の力があれば、アンタをこの場所から連れ出して、外の世界に返すことだってできるはずだ」

 さらりと口にされた言葉に、ハルヒコは大いに動揺した。

『い、いや、でも、ご主人様が……』
「……いいか、先生。俺の彼氏も、アンタのご主人様も、闇の神ってやつのせいでおかしくなってやがる。俺たち光の魔法使いが、責任持ってあいつらを正気に戻す。だから……アンタは逃げるべきだ。戦う力もねえ一般人がいたって、巻き込まれて危険な目に合うだけだぜ」
『そ、そんなこと! 急に言われても……どうしたらいいか……!!』

 ハルはうろたえるばかりであった。……当然だ、彼には過去の記憶がない。彼にとっては『ご主人様』が唯一の指標で、世界の全てだった。
 『ご主人様』が正気でない、だとか、彼を置いて逃げろ、などと言われても、素直に受け入れられないのだ。

 逃げようとしないハルの様子に、ユウゴは、迷うように視線を揺らし――そして、覚悟をした声で、こう言った。

「……翠野先生。黙ってたが……アンタには家庭があるはずだ。奥さんと娘さんがいる、帰るべき場所があるんだよ。こんなとこで、洗脳されて刷り込まれたご主人様とやらに執着してねえで、元の暮らしに戻るべきだと俺ぁ思うぜ」
『俺に……妻と、娘?』

 それは、『ハル』としての自我を揺らがすかも、と遠慮して告げていなかった事実だ。愛すべき家族が他にある事実は、きっと、『ご主人様』を愛するハルの感情と矛盾する。
 記憶のない今のハルヒコを混乱させるかも、という危険を背負ってでも、ユウゴは、彼を普通の生活に戻してやりたかった。こんなわけのわからない戦いに巻き込む必要はないと思った。


 しかしハルは――ハルヒコは。その言葉で。自分には妻子がある、という、その事実で。
 無かったことにしたはずの、『前の自分』の記憶と罪を、思い出したのだ。

『妻子……。そうだ……、俺はあの日、家族といるところを……逆城に見られて。それで……アイツは……!』

 瞬間、ハルヒコの脳裏には、逆城サイとの記憶が洪水のように溢れていた。
 彼を息子のように可愛がっていたこと。告白され、曖昧な返事で誤魔化したこと。サイはそれでも諦めなかったこと。そして――きちんとフッてやらなかったせいで、サイの心を大きく傷つけ、彼を『闇の魔法使い』に変貌させてしまったことを。

『……すまない、蒼井さん。それでも俺は逃げられない。逃げてはいけないんだ。だって、あの子が……逆城がおかしくなったきっかけは、間違いなく、俺にあるのだから』
「翠野先生……?」
『思い出したよ。俺が誰で、何をしてしまったのか』

 無垢で弱々しかった先程までとはうってかわって、落ち着きのある、包容力溢れる声で、ハルヒコは言う。

『俺はあの子の……逆城の元へ行く。今のあの子が正気でないのなら、それを止めて、道を正してやるのが俺の役目だ。それが……俺にできる唯一の贖罪だから……』
「待て、危険だ、翠野先生!! あんたの命だって危ないんだぞ!?」
『それでもいい。……幸い、俺に関する記憶や痕跡は、逆城のせいで消えているんだろう? なら、このまま死んだって、誰も困りやしないはずだ』
「な……!? 待てっ、落ち着け!! ヤケを起こすんじゃねえ……! ……翠野先生っ!!」

 ――今のハルヒコには2つの記憶があった。ハルヒコとしての記憶と、ハルとして、ひたすらサイに愛玩されていた記憶。
 2つの立場から見てはじめて、ハルヒコは自分の心を理解した。あのときどうしてきちんと告白を断れなかったのかを自覚した。

 もしも、なんのしがらみもない若者の頃に逆城サイと出会っていたのなら、きっと彼の手をとっていたのだ。
 男同士とか、年齢差とか、己の立場とか。そんなものをすべて忘れるほどに、サイの向ける愛情は心地良かった。この愚直で不器用な少年の愛を受け止めてやりたいと、受け入れてやりたいと思ってしまった。

 妻とはお見合い結婚だった。それでもきちんと妻を愛し、恋を育んだつもりでいたが――サイの苛烈な愛を知った今では、妻と過ごした時間を、恋と呼ぶことなどできなかった。
 そこにあったのは家族への穏やかな情であり、燃え盛るような恋を知らぬまま、彼は夫となり、父となったのだ。
 ハルヒコは『ハル』になったことで、己のすべてを投げ出しても構わないほどの、身を焦がすような、気が狂うような恋愛を初めて知った。

 サイに犯され、監禁されていたあのとき。妻子への裏切りだとわかっていながら逆城を受け入れた時点で、『翠野ハルヒコ』は死んだようなものだった。
 今の彼は、全てを捨てて、『ハル』として、サイの隣にいることを望んでいた。

 それがどんな悪徳であっても、許されないことだとわかっていても、サイの側にいて寄り添ってやりたかった。ハルヒコを失うことに怯え続ける彼のことを、放っておくことはできなかった。
 もしも、サイが狂ってしまったのなら――彼を狂わせた責任を、今度こそとってやらなくては、と。

 逆城サイと向き合い、己の歪な愛情を、父性愛なのか恋愛なのかもわからない、けれど胸のうちで熱く燃えているこの『愛』を、きちんと伝えなくては、と。そう思ったのだ。


 ユウゴの引き止める声を無視して、ハルヒコが、サイを探しに行こうとしたそのとき。廊下の反対側から、二人の少女が姿を表した。

『このあたりにユウゴの気配があるのだが……どこにいるのだ、あやつは!?』
『あっ! 待って、ノコちゃん! あそこに人が……!』
「……ノコと、めけ嬢ちゃんか!!」

 現れたのは二人の妖精、めけとノコだった。気配と声とで彼女らの来訪に気づいたユウゴが、魔法の鏡越しに声をかければ、その呼び声に気づいた二人はハルヒコの元へと駆け寄ってくる。

 廊下の空間と、ユウゴのいる空間をつなぐ扉。そこにぽっかりと浮かぶのはユウゴのいる室内の映像――魔法の鏡による中継。
 それらを前にして戸惑った様子の成人男性、ハルヒコの姿を確認し、ノコはいぶかしげに声をかけた。

『そなた……人間、いや……僅かにだが魔法の気配があるな……? 何者だ?』
『……ええと……俺のことは一旦、置いといて。君たち、蒼井さんの知り合いだよな? 彼、この扉の向こう側にいて……閉じ込められてるみたいなんだが、君たちの力で助けられないだろうか……?』
 ノコたちがユウゴの味方らしい、と察したハルヒコは、とりあえず、ユウゴの救助を提案した。
 彼が魔法を封じられた状態で捕らわれているらしい、ということを伝えた上で、己の素性についても軽く説明する。闇の魔法使いにより洗脳されていたが、今は正気に戻り、件の魔法使いとの対話をしたいと願っている者だ……と。

 ユウゴの状態を把握すると、めけは、この空間とユウゴにかかった魔法を解析しはじめる。
 その間、手持ち無沙汰になった面々は、ハルヒコの身の上話を聞くこととなったのだ。

『……君たちにとっての敵の親玉らしい少年は、俺の……大切な人なんだ。俺は、彼を説得したい。囮でもなんでもやるから、君たちに同行させてはもらえないだろうか……?』
「馬鹿ッ、危険だっつってんだろ!? 何考えてんだよ、翠野先生!!」

 ユウゴは彼を止めようとしているが、ノコの見解は異なるらしい。いまも起動している魔法の鏡を見ながら、ハルヒコをじっくりと値踏みする。

『そなた……翠野ハルヒコであったか。ユウゴとの会話は魔法による通信のようだが……道具があるとはいえ、コレを起動できたあたり、魔法の素養はあるようだな』
「ノコ!? まさか先生を巻き込むってのか!?」
『本人がやりたいと言っておるのだ、一人で勝手に動かれるよりは我々と同行させたほうがよかろう? ……手はいくらあっても足りぬしな』
「けどよお……! 先生は、巻き込まれたとはいえ一般人だぜ!?」
『……ノコちゃん、ユウゴさん、魔法の解析できたよ! 魔力を送り込んで吹っ飛ばせば、この空間にかかってるロック、壊せるかも!』

 ヒートアップする議論は、めけが、魔法の解析を終えたことで一時中断となる。
 ユウゴのいる空間と、めけたちのいる空間の間には魔法により鍵のようなものがかかっており、自由に出入りできないのだが、それを力づくでブチやぶる手段を見つけたのだ。

 強引に突破できるとわかると、ノコは意気揚々と拳を構える。
『よし!! 破壊は私の得意分野である!! ユウゴ、怪我をせぬよう身構えておれ!』
「はぁ!? ちょ、ま、心の準備が……!」

 ノコの握った拳に、ぐんぐんと魔力が集まっていく。彼女は拳を振りかぶり――ユウゴのいる空間めがけて叩きつける。

 どかーんッ!! ……と、激しい爆発音がしたかと思えば、空間をつなぐ扉はひしゃげて破れ、ユウゴのいる部屋の上空にぽっかりと異空間へのゲートが開き、ついでに爆風で檻は引きちぎられ、魔法封じの手枷も故障していた。
 ハチャメチャ極まりないパワープレイである。

「……相変わらずめちゃくちゃしやがる。おいノコ!! もー少し手加減できねえのか!?」
「すまぬ!! 急いでいるのでな!! ほら、さっさとそこを出るのだ……って、なんで裸なのであるか……?」
「いちいち聞くな!! 服着てえし変身するぞ!? 《サファイアパワー! ミラクル☆チャージ!!》」

 軽口を叩き合いながら、ユウゴは呪文を唱えて変身する。
 戦隊ヒーローのようなスーツと目線を隠すバイザーの、昭和の特撮ヒーローめいた姿に変わったユウゴを見て、ハルヒコは改めて『魔法』の存在を認識した。

「……で、翠野先生。アンタ、俺らについてくつもりかよ?」
「ああ。……役に立たないかもしれないけど、サイは……あの子は、俺が説得しなくちゃだめだと思うんだ」
「そのサイってヤツが、闇の魔法使いの親玉やってんだよな? ……詳しくは聞かねえよ。俺も彼氏を闇の神ってのに洗脳されちまってる。ソイツもおそらくは、洗脳の被害者だろうからな。説得で正気に戻せるほど、闇の神の洗脳は甘くないとは思うが……」
「……待て、ユウゴよ。精神的に揺さぶりをかけるのは洗脳魔法解除の基本である。それに、その男……相手にとっても重要人物なのであろう? 連れて行くだけの価値はあるはずだ」
「ボクもノコちゃんもついてるしね。危険なことがあればボクらが守るから……一緒に行こうよ、ハルヒコさん! 大切な人を助けたい、って気持ち、とっても素敵だと思うよ!!」

 妖精たちは、ハルヒコの加入に積極的なようだった。
 それもそうだろう、ケイに告げられた作戦上、ユウゴを救ったあとは、手当たり次第にこの廊下空間を探索する予定だった。とにかく人手が必要なのだ。
 なんでも、この空間のどこかが『闇の神』の封印地と繋がっているので、それを見つけ出して敵を再封印するのがケイたちの考える最終目的らしい。

「……しょうがねえ。くれぐれも危険なことはするんじゃねえぞ、先生! こっちはヒーローと正義の妖精様だ、危なくなったら頼るんだぜ!」
「蒼井さん……、ありがとう。足手まといになるとわかれば、捨ておいて構わないならな」
「バッカ、んな寝覚めの悪い真似ができるか!?」


 それぞれの決意を胸にして、四人が、この異空間の探索へと向かおうとした――そのとき。

 突如、周囲に稲妻が走り、激しい衝撃が辺りを包み込む。その衝撃波の中心にあるのは――転移魔法で現れた二人の男。怒りで魔力を揺らめかせた、闇の魔法使いたちだった。

「――ユウゴ!! どういうことですか……!? なぜ、なぜ、なぜ!! 私の愛を拒むのです! 私のあいから、逃げ出すのです……!?」
「はぁ……目障りなネズミを見つけたと思えば。まさか君まで裏切るとは思わなかったよ。また『教育』が必要かな? ……ハル」

 芝里タイチ――闇の魔法使いデヴォーションと、逆城サイ――闇の魔法使いのボス・フレンジィ。
 彼らは、それぞれの想い人を見つめ、闇の魔力を不穏に渦巻かせていた。
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