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第七章 |老舗酒蔵の次男、麹で覚醒する
老舗酒蔵の次男、麹で覚醒する 其ノ拾漆
しおりを挟むつるが生きていることを、幸民は誰にも話していなかった。敵を欺くにはまず味方から。幸民は徹底してつるの存在を隠してきたわけだ。
夏はつるに抱きつき、わんわんと泣いた。泣いて泣いて、これが夢ではないとわかると、次いで喜兵寿に抱きつき泣いた。そうしてやっと落ち着いた頃には、その声はすっかり掠れて、おかしなものになっていた。
「あぁ、本当によかった」
かすかすの声で、深い安堵のため息をつく。そんな夏に直は湯飲みを渡した。
「いっぱい泣いて喉乾いただろ?これ飲みな」
夏は驚いて「ありがとう」と直の顔を見つめた。「旅とは人を変えるもの」とはよく言うが、本当にその通りだ。紳士的な直の優しさに感動しながら、夏は湯飲みの中身を一気に飲み干した。
っと次の瞬間、口の中に嫌な渋みがいっぱいに広がる。
「きゃあ!!!なにこれ!まっず!!!」
激しくむせる夏を見て、「そうなんだよ」と直は頷いた。
「麦汁つくってたんだけどさ、そうなんだよ、率直に言ってまずいんだよな」
「え?え?なんでまずいってわかってるものを、飲ませてきたの?」
「いやさ、まずい理由がわからなくてさ。夏は麦湯屋の店主で、言ったら麦のことよく知ってるわけだろ?なんかわからないかなって」
「え?え?全然言ってる意味がわからないんだけど……」
「そうなんだよ、俺も全然わからないんだよ」
「え?え?だからなんでそんなまずいものを勧めてくるの?」
夏は助けを求めるように周囲を見渡したが、喜兵寿もつるも「そうなんだよ。美味しくないんだよ」と首を捻っている。
「……もう!」
夏は傍にあった甕の水で口をすすぐと、湯飲みを直にぐいっと差し出した。
「もう一回飲ませて。ちゃんと味わってみるから!」
麦汁のことはわからずとも、麦のことに関しては下の町で一番詳しいつもりだ。それも自分のところと同じ麦だ。育てている人のことも、その土のこともよく知っている。
夏は目を閉じ、今度はゆっくりと麦汁を口の中へと入れた。麦の香ばしさやあまみは感じるものの、やはりそれを覆うように渋みがあらわれる。
「同じ大麦なのに、どうして味が変わるんだろ」
「うーん、麦芽にすることで麦の中の構造が変わるからな。それがビールを造るためには必要なわけなんだけど……俺の知ってる麦汁ではないんだよなあ」
ため息をつく直を見ながら、夏は再び麦汁を少し口に含む。
「やっぱり苦いなあ。麦はね、本当においしい麦なんだよ。作ってるの六条さんっていうんだけど、『六条は六条大麦を作るために生まれてきたようなもんだ』なんて言われていてね」
夏の言葉に、直はハッと息を飲む。
「ちょ、いまなんて言った?」
「え??麦を作ってる人は六条って名前で……」
「いやそこじゃなくて!」
直の剣幕にたじろぎながら、夏は答える。
「え?え?えっと、六条は六条大麦を作るために生まれてきた、ってとこ?」
「そうだよ!」
直は大きな声をあげて、頭を抱えた。
「そうだよ!ああああ、しまった!全然気づかなかった!そうか……そういうことか」
大麦には二条大麦と六条大麦の2種類が存在する。その事実をすっかり忘れていた。ビール原料の大麦と言えば二条大麦であり、うっかり大麦=二条大麦だと思い込んでいたのだ。
ここにあるのが六条大麦なんだとしたら、この渋みが出てくる理由も納得できる。
「夏、この麦じゃなくて二条大麦が欲しい。どこに行けば手に入る?」
「にじょうおおむぎ?」
きょとんとした表情の夏に、直は嫌な予感を覚える。
「二条大麦は二条大麦だよ。ほら、麦湯用じゃなくてさ、他にあるだろ?」
「えっと……どういうことだろ。大麦はこの1種類しかないよ?」
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