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第八章 | 守銭奴商人 vs 性悪同心
守銭奴商人 対 性悪同心 其ノ参
しおりを挟む「いやあ!爽やかな朝だな。日本酒ビールを造るのにぴったりな日だ」
朝五つ。直は喜兵寿の肩に腕を回しながら、満面の笑みで大通りを歩いていた。
「昨日ぐっすり寝たからかな。今日はすこぶる調子がいい!こりゃあいいアイディアも出てきそうってもんだ」
「お前は『適量』という言葉を覚えたほうがいい。このままだと身体を壊すか、泥酔して川に落ちて死にかねん」
「あはは!確かに。事実、泥酔して起きたら刀突き付けられてたしな!」
「笑いごとではなかろうに」眉根をひそめ、煙管をふかす喜兵寿を見て、直はカラカラと笑った。
出会って1ヵ月足らずだったが、直はすっかり喜兵寿のことがわかるようになっていた。今だって怖い顔をしているが、単に心配しているだけなのだ。イカツい見た目とは裏腹に、その内面は心配性の母親を思わせる。
「座敷牢に入れられないよう、いっちょがんばりますか!それで今日はなんて酒蔵に行くんだ?」
直の言葉に、喜兵寿は足をぴたりと止めた。
「酒蔵『宮田屋』。まだ新しいが、先代からきちんと技術を受け継いだ杜氏がやっている蔵だ」
喜兵寿が指差した先には、年季の入った建物があった。
「俺と歳の変わらない男が杜氏なんだが、実に気のいい奴でな。こんな突拍子もない話を二つ返事で了承してくれた。聞けば『日本酒の新しい世界を広げたい』と灘の方から出てきたらしい」
宮田屋の杜氏、清吉と出会ったのは、とある酒場だった。体躯がよく、柔らかな雰囲気を纏った男で、酒を大事そうに飲む姿が印象的だった。
喜兵寿と清吉は年齢と出身地方が近いということでひとしきり盛り上がり、そして日本酒談議でひときわ盛り上がった。
「俺の地元の酒蔵は、残念ながら半分以上が腐りきっている。何が伝統だ。何がしきたりだ。だから自分たちの酒の味が落ちていることにも気づかない。だから俺は国を出てここに来たんだ」
酒の話になった途端、おっとりとしていた清吉の口調は早くなり、次第に熱を帯びていく。
「俺は最高の日本酒をつくる!今までだれも飲んだことがないような、目ん玉が飛び出る様なやつを造るんだ!」
「ほお。じゃあうまい日本酒が出来た暁には、ぜひうちに卸してくれよ。俺が最高の燗酒にして店に出すからさ」
「任せておけ。ただちょっと時間はかかるかもしれないがな」
「あぁ、いくらだって待つよ」
二人は固く握手をし、お互いの肩を叩きあった。
たくさんの徳利が空になり、気づけば二人ともすっかり泥酔していた。二人そろって店で寝てしまい、店の婆さんに箒で追い出されたのはいい思い出だ。
「日本酒の新しい世界とか最高じゃん!ってか俺らのやりたいことにぴったりじゃね?その杜氏も仲間にしようぜ」
直の言葉に、喜兵寿はジトっと目を細めた。
「年は変わらないといえ、相手は杜氏だからな。敬意を忘れるなよ?ってかお前は何かやらかしそうだから、とりあえず喋るな」
「はあ?人をなんだと思ってるんですかー!ったく喜兵寿は失礼極まりない。見てろよ。俺の完璧なビジネスマナーを見せてやる」
直はにやりと笑うと、宮田屋に向かっていきなりダッシュした。喜兵寿が止める間もなく、扉をドンドンっと勢いよく叩く。
「お世話になります!今日から酒蔵を貸していただきますものです。どうぞよろしくお願いしますーーーー!」
「だから!なんだってお前は人の言うことを聞かないんだ!」
喜兵寿が頭を抱え、慌てて直に追いつくと、宮田屋の扉がガラリと開いた。
「おう清吉、騒がしくして申し訳な……」
「帰ってくれ」
清吉は目線も合わせずに吐き捨てるように言った。
「は?今なんて」
「帰ってくれ!!!」
それだけ言うと、清吉は宮田屋の扉をぴしゃりと閉めた。
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