九龍城の恋

布椎嵐

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 午後からサイファに出勤するとオーナーが、カウンターでグラスを拭いていた。私の姿を見とめると、心配そうな顔で声をかけてきた。
「ジェイド!キョンは大丈夫だったか?昨日の抗争で逮捕されたらしいじゃないか」
「はい、午前中に釈放されて出てきました。怪我は、、、ミンにナイフで少し刺されたようで、腕を怪我していました。けどそこまでひどくなさそうです。」
 私はカウンターの椅子に腰掛け、頬杖をついてため息をついた。オーナーが不思議そうにする。
「どうした、、無事だったのに浮かない顔じゃないか。何かあったのか?」
「オーナー、、。九龍城がなくなった後、自分がどういう道に進んだらいいかわからなくて、、。オーナーはどうするんですか?」
「その事だけどね、ジェイド。もう政府と今後のやりとりをしていて、この店は早々にうつる事になったんだよ。私は、沙田シャーティンの方に店をうつす。もう新たな貸店舗も見つけたんだ。」
「え!そうなんですか?!ここはいつ撤去するんですか?」
「3ヶ月後だね」
「3ヶ月、、すぐですね、、、」
 途端に寂しさを感じた。この大好きな場所がなくなってしまう。
「新しい店でも、店員募集してるよ。もし、よかったらジェイドなら大歓迎さ。でも、職場遠くなってしまうけれども」
「ありがとうございます、、、」
 ありがたい申し出だった。でも、まだすぐそこで働くかはわからなかった。そんな私を見て、オーナーは、すぐ思いついたように言った。
「でも、ジェイドは、これからのことを色々考えなければならないね。、、、キョンの旦那のこと、お母さんとのこと、そして自分自身の今後。自分が何をしたいか、どう生きたいか」
「オーナー、、、、」
 まさに私の悩んでいたことだった。オーナーは、やっぱり私なんかより全然大人だ。
「キョンは、優しい?」
「はい、、、。すごく優しいです。彼と付き合う前はわからなかったけれども、今はキョンという人がより理解できた気がします。彼は、強くて、優しくて、孤独な人だなと。ただ、時々本当にムカつきます」
 不貞腐れたような顔をした私を見て、オーナーは笑った。
「ジェイドは彼のことが本当に好きなんだね」
「なぜですか?、、私そんな顔に出てます?」
「人は恋に落ちると、瞳が変わる。彼のことを話す時の君は、とても優しい目をしている。、、、キョンが君をみる瞳もそうだね。他の人を見る瞳より全然優しい」
 オーナーの言葉を聞いて、自分の顔が赤くなるのを感じた。
「でも気をつけて。何度もいうが、彼は13Kだ。彼も君を守りきれないことがあるかもしれないからね。ジェイドは、今後のことをよく考えて行動するんだ。、、、君はまだ若い。なんにでもなれる可能性が無限にあるんだ」
「はい、よく考えます」
 私は、オーナーの言葉に気を取り直し、働く準備を始めた。
 18時ごろ、キョンとヤンがフラッとサイファに現れた。ヤンも昨日の抗争では重症となるような傷を負わなかったようで、元気そうだ。キョンはヤンとサイファのカウンターに座った。
 私はカウンターの中から二人に声をかけた。
「ご注文は?」
「サンミゲル2つ」
 キョンがカウンターに座ると同時に、タバコを取り出した。ヤンが慣れた手つきで、火を差し出す。キョンはタバコを口に加えて火をつけた。ヤンも自分のタバコに火をつけて吸い出す。
「はい、おまちどうさま」
 私は冷えたビールを2つ彼らの前に差し出した。
「あ、ジェイド姐さんありがとうございます。頂きます。兄貴、どうぞ」
 ヤンはビールの瓶をキョンに渡し、「乾杯」といった。
 キョンは言われるがまま乾杯をすると、訝しげな顔でいった。
「なんの、乾杯だよ」
「俺と兄貴が生きてた事にです」
「、、、ああ、それか」
「いや~、本当に昨日は死ぬかと思いました!今まで最大数の喧嘩でしたもんね。ミンの奴らも、ギラギラに殺気だって。兄貴、腕の怪我は痛みますか?」
「腕は大丈夫だ。そこまで深手じゃなかった。それにしても、お前、よく逃げれたよな。」
「俺、足だけは早いんです」
キョンとヤンのやりとりがいつも通りで、おかしくなる。本当にこの二人は仲が良い。というか、ヤンがキョンを好きすぎるのだろう。見ていると、親犬についていく子犬みたいだ。
「ジェイド姐さんも心配したでしょう。俺らが、喧嘩ばっかりしてるし。」
ヤンが私に話をふる。
「そりゃね、、、。もう帰ってこないかもしれないっていうし。覚悟はある程度してたけど」
「俺らにとっては日常茶飯事ですけどね。いつも危険と隣合わせな職業ですし」
「そうね、、」
それは重々承知しているつもりだ。でも、今朝キョンがいっていたように、もし13Kを抜けることができたならその危険な生活から抜けることはできるかもしれない。
 キョンを見ると、彼は黙ってタバコをふかしていた。何か考えているようにも見える。
私は気になっていたことを聞いてみた。
「今後、新義との関係はどうなるの?、、ミンは?」
キョンとヤンは顔を合わせ、真面目な顔をして答えた。
「多分、今の状況だと13Kの他のグループも介入してきてるから、、。」
「13Kの他のグループって何?」
 私は身を乗り出した。キョンは話を続ける。
「お前、知らないと思うけど、13Kは16の支部から成り立っている。「実」「践」「忠」「孝」「仁」「勇」「信」「義」「和」「平」「徳」「礼」「堅」「毅」「拝廬」「巨廬」という16の分団が存在している。俺らはその中の「仁」のグループに属している」
 私はそんな事実に驚いた。13Kがそんなに巨大な組織だとは知らなかった。
 キョンはビールを一口飲んで、話を続ける。
「俺らは普段は他の支部の奴らとはあまり関わりがない。それぞれの支部はかなり独立性を持っているからだ。ただ、緊急事態の出来事が何か起こった時には、他の支部を助けることができる。ただ、莫大な金がかかるけどな、、、。それが今の俺たちの状況だというわけだ」
 ヤンが、話を付け加える。
「ミンのグループの新義は最近、九龍城のルールや、俺らのナワバリを越えて目に余る行動を続けていますからね。ジェイド姐さんのことだってそうだ。俺たち組織の連中は、一般人に手を出すなと上から厳しく言われている。なのにも関わらず、何回もジェイド姐さんにちょっかいを出して巻き込もうとした。これは明らかに、ルール違反ですよ」
 キョンは厳しい顔をした。
「俺たちが他の支部の協力を得て人数を増やして立ち向かえば、さすがのミンたちもどうすることもできないはずだ。・・・確実に潰される」
「そうなのね、、、。じゃあもう抗争は起きないってこと?」
「おそらく。ボスに話さなければならない。おい、ヤン。ビール飲んだら、行くぞ。俺たちも、ボスとその件について打ち合わせをしなければならない」
「そうですね。遅れちゃまずい」
 ヤンは慌ててビールを一気飲みする。キョンはビールを飲み終えると、私にいった。
「今日は遅くなるから、先に寝てろ。ボスといろいろ話すことがある」
「うん、わかった。自分の家にいるから」
キョンは、軽く頷くと席を立った。
「じゃあ、姐さん。また来ますからね!帰りは気をつけて」
「ありがとう。ヤンたちもね」
 二人は店を出ていった。
 元気そうでよかった。、、でも、今後どうなるのか。不安はいっぱいだけど、うまくいくと信じて進むしかない。 その後、お店は結構な混み具合で忙しくお客の対応をした。上がりの時間になって、アニタが店に来た。
「お疲れ様、ジェイド。今日は忙しかったみたいね」
「アニタさん、休む暇ないくらい忙しかったです」
 帰り支度をしながら、私は答えた。アニタさんは、持っていたバッグをカウンターの上においた。中からちらりと会計士のテキストが見えた。
「アニタさん、その、、会計士の勉強しているんですか?」
 アニタは、バッグの中のテキストを見やり、照れくさそうに言った。
「ああ、、、そうなのよね。ずっとやりたかったことなのよ。私は頭がそんなによくないけど、会計士になりたくて、日中学校にいっているの。いつ合格するかわからないけど。」
「そうなんですか、、。すごい。」
 私は素直に感心した。アニタもそんなに裕福な家の子ではないはずだ。夜はここで働き、日中は学校に行っているなんてタフな毎日だ。素直に尊敬してしまう。
 それと同時にため息もでた。私はまだ何がしたいかわからない。浮かない顔をした私にアニタさんがいう。
「どした?」
「いえ、、、私はまだ自分のやりたいことが見つからなくて」
 アニタが笑う。
「そんなに焦らなくてもいいんじゃない?、、、まだ若いんだし。私が思うに、、、あんたは頭もいいし、要領もいい。いろんなことができると思うけど。あとは、自分が何に興味を持っているか見つけるだけじゃない?」
「そうですよね、、、。」
「今までの人生、何に興味を持ってきたのか、何が好きだったのか思い返してみたら?、、、案外すぐ見つかるかも」
 アニタさんはポンと私の肩を叩いた。
 帰り道、私は自分の今までの人生を思い返していた。10歳の時に父さんが事故でなくなり、それから母さんと二人で生活しながら。病弱な母さんの看護をしたりしながら生きてきた。それから、九龍城で働きながらキョンと出会い、今の生活がある。人の面倒をみたり、助けるのは嫌いじゃない。むしろそれを当たり前に過ごしてきた。
 やるなら、人を助けるお仕事がしたい。

 私の頭の中で、一つの職業が思い浮かんだ。
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