九龍城の恋

布椎嵐

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 家に着くと、テーブルの上にバッグを置いた。
 家の中はとても蒸し暑かった。早くお風呂に入ってしまおう。そしてもう寝よう。キョンは今日は帰るの遅いっていってたし。
 私は浴室に入って、服を全て脱ぎシャワーを浴びた。ぬるいシャワーの温度がとても気持ちいい。10分ほどでシャワーを浴び終わると、浴室をでた。寝る用のTシャツをきて短パンを履き、濡れた髪の毛を乾かそうとした時だった。
 急に玄関のチャイムが鳴り響いた。
 時計を見るとすでに夜中の12時半近く。こんな夜中に尋ねてくるなんて誰だろう。
 私は、玄関のそばに行き、「どなた?」と言った。
 扉の向こうから、静かな声が聞こえた。「、、、俺だ」
 キョンの声だった。私はびっくりしてすぐに扉を開けた。
「どうしたのよ、、?!今日は遅くなるって言ってたから、来るとは思わなかった」
 私はキョンの腕を掴んで中に招き入れた。
 キョンは私の濡れた髪を触り、「風呂に入ったのか」と言った。
「そうよ、もうお風呂に入って寝ようと思ってたとこ、、、」
 話が終わる前に、キョンは私を抱きしめた。キョンの腕の中に抱かれながら、キョンのいつもとは違う様子に気づいた。
「、、、何かあったの?」
 キョンは私の肩に頭をのせた。
「新義との件は、今日ボスが相手側と話した。13K全支部が立ち向かうと伝えると、新義はもう抗争はしないと宣言した。これで終わりだ。もう争いは起きない」
 キョンの安堵が伝わってきた。私もホッとした。もうミンを怖がることはしなくていいのだ。私はキョンの背中を優しく撫でて「よくやったわね、、。お疲れ様」と言った。
「お前に真っ先に伝えたかったんだ。ミンの件で怖がることはもうない。大丈夫だ。ただ、、、。悪いニュースが一つある」
 キョンはため息をつき、私の居間にある椅子に座った。
「ボスは、、、俺を次のボスにしたいらしい。13Kを抜けたいと言ったらそう言われた。やはり組織を抜けるのは簡単じゃない」
 私は何も言えなかった。簡単なことではないとわかっていた。そして彼が13Kの中で期待され、仲間たちに尊敬されていることも。そうやすやすとボスが彼を手放すはずがない。
 仕方がない。私が好きになったのはたまたま13Kのリーダーだったのだ。受け入れるしかないのだ。
 私は彼の背中を叩いた。
「仕方ないわよ。そんな簡単なものではないってわかってたし。」
「、、、ただ、抜けるには一つだけ条件があると言われた」
「何、、?条件て」
「九龍城がなくなるまでに今のシノギの量を10倍にすること。」
 キョンは、タバコを取り出そうとし、胸のポケットを弄る。
「そんな簡単なことじゃねえよ。10倍だ。でも、絶対にやってやる。」
 キョンは覚悟を決めた表情で言った。私も彼と同じテーブルについた。
「私も、決めたことがあるの」
 キョンはタバコをくわえたままこっちをみた。
「なんだよ。決めたことって」
「、、、私、看護師になる。日中は看護学校に行って勉強する。夜は働く。サイファもあと3ヶ月でなくなっちゃうみたいだけど。3ヶ月後からは別のとこで働くつもり」
 キョンは、黙ってそれを聞いていて自分の中でしっくりきたらしい。納得いったような顔で、頷いた。
「看護師ね、、、。想像してみたらお前に合うかもな。いつも誰かの看護しているイメージだし」
「失礼ね、何よそれのイメージ」
「お前が看護師になったら、いつでも俺の専属看護師だな」
 私はキョンの頭を軽く叩く。
「誰が専属看護師よ。ムカつくわね」
「まあ、冗談はさておき、、。俺、本当にいいと思うぜ。お前にあってるよ。お前ならきっとなれる」
 キョンは私の頭を荒っぽく撫でて、微笑んでくれた。
 そう、応援してくれるその一言が欲しかったの。私ならきっとなれるって言って欲しかった。
「キョン、明日夜空いてる?母さんのお見舞いに行くんだけど一緒にきてくれない?」
 キョンは少し驚いた顔をした。
「お前の母親に、、?いいけど、なんだ急に」
「ただ、顔見せてくれればいいの。母さんがキョンに会いたいって言ってたから」
キョンは頷いた。
「いいぜ。明日ついて行ってやる」
「ありがとう、、、、」
 キョンはタバコを灰皿に置いて火を消し、私の唇にキスして席を立ち上がった。
「じゃあ、俺いくな。ちょっとお前の顔みたかっただけだから」
 私も思わず立ち上がった。「え、、、行っちゃうの?」
 キョンは玄関で振り返ると、「いてほしいのか?」といった。
 私は彼の手を掴んだ。
「帰らないで、今日はそばにいてよ」
キョンは、横を向いて深呼吸をした。顔が少し赤い。
「、、お前、いつの間にそんなに女になったんだよ」
キョンが言い終わらないうちに、私は彼に近づき、背伸びをしてキョンにキスをした。
私を抱き締める彼の手に力が入るのを感じた。



 キョンの手を引き、夜の病室へと歩いた。面会時間ギリギリだ。母さんは起きているだろうか。病室のドアをそっと開けると、スタンドライトをつけて本を読んでいる母さんが見えた。
「、、、母さん!」
小声で呼び、そっと病室に入ると、母さんは驚いた顔で私を見た。
「まあ欣怡!こんな遅くにどうしたのよ。、、、一体」
母さんは私の後ろのキョンの姿に気づいた。
キョンは軽く会釈をして「初めまして、auntyアンティ(叔母さん)」
と言った。
「あなたがキョンね、、、。」
母さんは読んでいた本を枕元に置き、手をキョンの方へ伸ばした。
「キョン、さあもっとこっちへきてちょうだい。よく顔を見せてくださいな」
キョンは母さんのベッドのそばに行き、しゃがんで膝をついた。
欣怡ヤンイからあなたの事、聞いているわ。大事な人だって」
「俺もジェイドから、よくあなたの事は聞いています。」
「あなたに会いたかったわ。・・・会ってお礼を言いたかった。私の入院費用を肩代わりしてくれたそうね。本当にありがとう。必ずお返しするつもりです」
「いえ、、、俺が勝手にした事ですから」
「あと、もう一つ。あなたにお願いがあって、会いたかったの」
 母さんはキョンの手を握ると、両手で包み込んだ。
欣怡ヤンイを、、、あなたにお願いしたいの。私は今週ここを退院して、妹の住んでいる大埔タイポーにいく予定なの。そこでしばらく妹の商売の手伝いをしながら住むつもり。なので、私の大事な娘を、、、、、欣怡ヤンイを気にかけてもらいたいの」
 私はその話は寝耳に水だった。
「母さん、、、??!私はそんな話聞いていない!叔母さんのところへいくなんて話、一言も、、、!」
「あなたに行ったら絶対反対すると思ったのよ。でも、これ以上私はあなたに甘えるべきではないし、母親としてあなたを幸せにしたい」
 母さんはそういい、キョンに話を続けた。
「、、、私は見ての通り体が弱いせいで、欣怡ヤンイに迷惑ばかりかけてきた。父親も幼くして亡くし、、辛い思いをさせた。あの子のやりたいことをやらせてあげれなかった。人並みの子供の幸せを奪ってしまったかもしれない、、、。もうそんなことは嫌なの。できるなら、人並みに大学へも行かせてやりたい。自分のやりたいことをやらせてあげたい。だから、あの子は九龍に残してやりたいことをやらせてあげるの。あの子の大事な人と、、、」
auntyアンティ、、、」
 母さんはキョンに頭を下げた。
「だから、あなたにお願いしたいの。私の大事な宝物の欣怡ヤンイを守ってあげてくれないかしら。あの子が寂しくないように、なるべく傷つかないようにそばにいてあげてくれないかしら、、、?」
キョンは黙って母さんの話を聞いていた。そして、小さくうなづくとはっきりとした声でこういった。
「・・・命をかけて、守ります。auntyアンティ
 母さんはその言葉を聞いて、目を潤ませた。
「ありがとう、、。お願いします。」
 母さんは両手でキョンの手をきつく握りしめていた。
「母さん、、、。なんでこんな急に」
 私はいつの間にか泣いていた。母さんと離れるのも辛かったし、母さんがそこまで考えていたとは知らなかった。
母さんはキョンの手を離すと、私にくるように手招きをし、抱きしめてくれた。母さんは涙目で私の顔をなで、キョンを見た。
「良かった、、、。これであなた達は大丈夫ね。安心して、大埔タイポーにいけるわ。、、、キョン、この子なかなか美人でしょ?亡くなった父親にそっくり。まだ若いあなた達だもの。まだまだ苦労があるかもしれないけど、2人なら乗り越えていけるわ。」
 母さんは泣き笑いのような表情だった。

 そうして、母さんはその週の内に病院を退院し、九龍まで迎えに来てくれた妹と大埔タイポーに旅立っていった。キョンは母さんに会ったあの夜、帰り道で私にこういった。
「・・・母親って、あんな感じなんだな。お前、すごく大事にされてんだな」
 私は当たり前のように、母さんの無償の愛を受けて生きてきた。、、、でもキョンは違う。彼の両親は彼を捨ててしまったのだから。母親の愛も知っているはずなのに、失くす辛さも知っているんだ。
 私はたまらなくなり、キョンを背中から抱きしめた。
キョンはしばらく黙っていた。、、そして彼の体を抱きしめている私の手を握ってこう言った。
「さあ、帰るぞ。九龍城に」
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