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エピローグ
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それから5年後の1993年2月、九龍城の取り壊しが始まった。最後まで、退去に応じない人々もいたという。その人たちは、警察に強制的に退去させられた。九龍城は政府によって、廃墟となり、そして取り壊された。取り壊された跡地は、九龍寨城公園となり、中華風の公園となっている。以前の雑多な感じの九龍城があった場所とは思えない平和な雰囲気の公園だ。
九龍城に住んでいた人々は、それぞれその後の人生を歩んでいる。
サイファのオーナー、ホウさんは沙田でサイファを今でもやっている。相変わらず、あの優しい笑顔で近所の住民から慕われているカフェ&バーだそうだ。時々、顔を出すととても喜んでくれる。
アニタは、あのあと、会計士試験に何回かチャレンジをし、3回目で合格を勝ち取った。その粘り強さには感心するほどだった。今では、新米の会計士として、事務所で働いている。たまに電話すると、いつものように威勢のいい声が返ってくる。素敵な恋人もでき、順風満帆な生活らしい。
ドクター李は、九龍城が取り壊される前まで立ち退きを拒否していた1人だった。取り壊しの前に、自宅で心不全で亡くなった。お葬式には参列したが、とても安らかな顔をしていた。九龍城とともに育ち、九龍城とともに人生を終えたようだった。彼は生前よく言っていた。
「九龍城の他にいくところなんかない。ここしか知らないんだ。ここが私の人生なんだ」
彼の人生は、まさにこの言葉を体現していたと思う。
私はその後、3年制の看護専門学校の入試試験に合格した。そして3年間看護師になるために勉強し実習を受け、めでたく看護師となることができた。今、まだ看護師として2年目になったばかりだ。当初は不慣れなこともたくさんあったけれども、最近少しずつ慣れてきた感じがある。ただ、やはり仕事としてはハードなお仕事だ。夜勤もあるし、人の死とも向き合わなければならない。でもやっぱりこの職業につけて本当に良かったと思う。
とてもやりがいがある仕事だ。
そして、今日はとても大切なあの人の特別な日を祝いに行かなければならない。
私は身支度をして、最近買った花柄のワンピースを着た。鏡の前に座って髪を軽く巻き始める。今の私の髪の長さは肩ぐらいまでの長さだ。最近、髪を巻くのが気に入っている。今、自宅は深水埗にあるマンションに住んでいる。仕事場である九龍医院にも近く、住みやすい場所だ。そこから、地下鉄の荃湾線に乗って2駅行くと、彼の仕事場である旺角に着く。私は深水埗の駅近くで花束を買い、地下鉄に乗り込んだ。
2駅なんてすぐ着いてしまう。私は旺角で下車し、地上に上がって歩き出した。
旺角はとても賑やかで人通りが多い。数分歩くと、目的地が見えてきた。お店の前でスラックスにシャツを着た男性が店頭の窓ガラスを拭いていた。黒髪で、背が高い。
私は思わず、笑みが溢れる。彼の名前を呼ぶ。
「キョン!」
キョンは私の方を振り向くと、「おう。来たか」といい、あの笑顔を私に向ける。
私は駆け寄って、新しい彼の仕事場の前に立つ。少し年季の入った店内で、すでにデスク椅子、最低限のオフィス家具などが運び込まれている。
「準備は順調?」
キョンは髪をかき上げ、汗を拭いた。
「まあまあだな。窓ガラスを拭いて、この不動産の物件広告を貼らなきゃならない」
「私も手伝うわ。あ、これお祝いの花束!オフィスに飾っておいて」
キョンは花束を受け取ると、「悪い、ありがとな」と言った。
私はキョンの新しい仕事場である、この建物を見上げた。この建物の一階にある店舗がキョンの不動産だ。看板には「九龍不動産」と書かれている。
キョンは、4年で13Kのシノギを10倍以上に増やす事に成功した。ボスではなかったが、実質キョンが13Kのグループを動かしていたようなものだった。ボス同士の話し合いなどにもボスの代理として参加し、さまざまな経験を積んだ。そして、ナワバリを広げ、それに伴いシノギも増え、10倍を越えた時にキョンはボスに辞めることを告げた。
ボスはもちろん引き止めたらしい。キョンにはマフィアとしての才があったからだ。ボスはキョンにボスになってもらいたいと伝えた。ただ、キョンは男同士の約束だから守ってもらうと頑なに拒否し、今まで面倒を見てくれた礼を言って頭を下げた。ボスはもう何も言わずに、キョンの13K脱退を許可したという。
仲間の弟分に脱退すると告げた時の方がもっと大変だったらしい。キョンを尊敬して、憧れている弟分たちはたくさんいた。キョンが今日で13Kをやめる、と伝えると仲間たちの中にどよめきが起き、泣くものさえいたらしい。キョンがいかに仲間たちに愛されていたかがわかる。彼は、仲間たちのことをとても大切にしていた。特に、ヤンは相当悲しんだに違いない。キョンは、あまりそのことについて多くは語らない。けど、想像はつく。
そして、13Kを去った後、キョンは今までの知識や経験を元に不動産の勉強を始め、自分の店を構えるまでに至った。それが、この店だと言うわけだ。
彼は旺角の一角に不動産を構え、念願のカタギになったのだ。
私は改めて、感慨深い思いを感じた。ここまで、あっという間だったような気がする。あっという間だったけれど、この5年間いろいろなことがあった。キョンもしんどい思いを何度もしたにちがいない。
私はキョンの顔を見つめ、「おめでとう、キョン。あなた、頑張ったわね。」といった。
キョンは、頷いた。
「ああ、、、やったよな、俺。絶対やってやるって言っただろ?俺」
キョンは片手で私の頭を引き寄せ、彼の胸の中に抱き寄せた。
すると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「兄貴ー!何店の前でいちゃついてるんですか!明日から会社始まるんですから、準備さぼらないでくださいよ」
黒髪のヤンが店の中から出てきた。手には、雑巾とバケツを持っている。明日の開店に向けて掃除をしていたようだ。彼も身なりは、スラックスとシャツを着ている。だが、耳のピアスは外してはいない。彼なりのアイデンティティーなのだろうか。
キョンはうるさそうに顔をしかめた。
「別に、感傷に浸るくらいいいだろ。ここまで来るのは大変だったんだ。13Kをやめるまでも大変だったけど、この店を構えるまでも一筋縄じゃいかなかった。、、、つうか、俺が13Kを抜けた後、お前まで辞めるなんてな」
キョンは胸ポケットからタバコを出して、くわえた。すかさず、ヤンはライターを差し出し火を付ける。
ヤンは照れくさそうに笑い、自分もタバコを吸い始めた。
「、、、俺は兄貴の行くところ、どこにでもついていきますよ。兄貴に会った時に決めてます。俺の人生は兄貴とともにあるんだ」
「お前、まじで俺のストーカーだな」
キョンは呆れてタバコの煙をヤンに吹きかけた。ヤンがむせる。
私はその2人のやりとりを笑って見ていた。
キョンが私の方を見て、気を取り直したようにいった。
「じゃあ、準備再開するか。ヤンは中の掃除を引き続き頼む。ジェイドは、この不動産の広告を窓にはってくれ」
「はい、社長!」
私とヤンは声を揃って答えた。
完
九龍城に住んでいた人々は、それぞれその後の人生を歩んでいる。
サイファのオーナー、ホウさんは沙田でサイファを今でもやっている。相変わらず、あの優しい笑顔で近所の住民から慕われているカフェ&バーだそうだ。時々、顔を出すととても喜んでくれる。
アニタは、あのあと、会計士試験に何回かチャレンジをし、3回目で合格を勝ち取った。その粘り強さには感心するほどだった。今では、新米の会計士として、事務所で働いている。たまに電話すると、いつものように威勢のいい声が返ってくる。素敵な恋人もでき、順風満帆な生活らしい。
ドクター李は、九龍城が取り壊される前まで立ち退きを拒否していた1人だった。取り壊しの前に、自宅で心不全で亡くなった。お葬式には参列したが、とても安らかな顔をしていた。九龍城とともに育ち、九龍城とともに人生を終えたようだった。彼は生前よく言っていた。
「九龍城の他にいくところなんかない。ここしか知らないんだ。ここが私の人生なんだ」
彼の人生は、まさにこの言葉を体現していたと思う。
私はその後、3年制の看護専門学校の入試試験に合格した。そして3年間看護師になるために勉強し実習を受け、めでたく看護師となることができた。今、まだ看護師として2年目になったばかりだ。当初は不慣れなこともたくさんあったけれども、最近少しずつ慣れてきた感じがある。ただ、やはり仕事としてはハードなお仕事だ。夜勤もあるし、人の死とも向き合わなければならない。でもやっぱりこの職業につけて本当に良かったと思う。
とてもやりがいがある仕事だ。
そして、今日はとても大切なあの人の特別な日を祝いに行かなければならない。
私は身支度をして、最近買った花柄のワンピースを着た。鏡の前に座って髪を軽く巻き始める。今の私の髪の長さは肩ぐらいまでの長さだ。最近、髪を巻くのが気に入っている。今、自宅は深水埗にあるマンションに住んでいる。仕事場である九龍医院にも近く、住みやすい場所だ。そこから、地下鉄の荃湾線に乗って2駅行くと、彼の仕事場である旺角に着く。私は深水埗の駅近くで花束を買い、地下鉄に乗り込んだ。
2駅なんてすぐ着いてしまう。私は旺角で下車し、地上に上がって歩き出した。
旺角はとても賑やかで人通りが多い。数分歩くと、目的地が見えてきた。お店の前でスラックスにシャツを着た男性が店頭の窓ガラスを拭いていた。黒髪で、背が高い。
私は思わず、笑みが溢れる。彼の名前を呼ぶ。
「キョン!」
キョンは私の方を振り向くと、「おう。来たか」といい、あの笑顔を私に向ける。
私は駆け寄って、新しい彼の仕事場の前に立つ。少し年季の入った店内で、すでにデスク椅子、最低限のオフィス家具などが運び込まれている。
「準備は順調?」
キョンは髪をかき上げ、汗を拭いた。
「まあまあだな。窓ガラスを拭いて、この不動産の物件広告を貼らなきゃならない」
「私も手伝うわ。あ、これお祝いの花束!オフィスに飾っておいて」
キョンは花束を受け取ると、「悪い、ありがとな」と言った。
私はキョンの新しい仕事場である、この建物を見上げた。この建物の一階にある店舗がキョンの不動産だ。看板には「九龍不動産」と書かれている。
キョンは、4年で13Kのシノギを10倍以上に増やす事に成功した。ボスではなかったが、実質キョンが13Kのグループを動かしていたようなものだった。ボス同士の話し合いなどにもボスの代理として参加し、さまざまな経験を積んだ。そして、ナワバリを広げ、それに伴いシノギも増え、10倍を越えた時にキョンはボスに辞めることを告げた。
ボスはもちろん引き止めたらしい。キョンにはマフィアとしての才があったからだ。ボスはキョンにボスになってもらいたいと伝えた。ただ、キョンは男同士の約束だから守ってもらうと頑なに拒否し、今まで面倒を見てくれた礼を言って頭を下げた。ボスはもう何も言わずに、キョンの13K脱退を許可したという。
仲間の弟分に脱退すると告げた時の方がもっと大変だったらしい。キョンを尊敬して、憧れている弟分たちはたくさんいた。キョンが今日で13Kをやめる、と伝えると仲間たちの中にどよめきが起き、泣くものさえいたらしい。キョンがいかに仲間たちに愛されていたかがわかる。彼は、仲間たちのことをとても大切にしていた。特に、ヤンは相当悲しんだに違いない。キョンは、あまりそのことについて多くは語らない。けど、想像はつく。
そして、13Kを去った後、キョンは今までの知識や経験を元に不動産の勉強を始め、自分の店を構えるまでに至った。それが、この店だと言うわけだ。
彼は旺角の一角に不動産を構え、念願のカタギになったのだ。
私は改めて、感慨深い思いを感じた。ここまで、あっという間だったような気がする。あっという間だったけれど、この5年間いろいろなことがあった。キョンもしんどい思いを何度もしたにちがいない。
私はキョンの顔を見つめ、「おめでとう、キョン。あなた、頑張ったわね。」といった。
キョンは、頷いた。
「ああ、、、やったよな、俺。絶対やってやるって言っただろ?俺」
キョンは片手で私の頭を引き寄せ、彼の胸の中に抱き寄せた。
すると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「兄貴ー!何店の前でいちゃついてるんですか!明日から会社始まるんですから、準備さぼらないでくださいよ」
黒髪のヤンが店の中から出てきた。手には、雑巾とバケツを持っている。明日の開店に向けて掃除をしていたようだ。彼も身なりは、スラックスとシャツを着ている。だが、耳のピアスは外してはいない。彼なりのアイデンティティーなのだろうか。
キョンはうるさそうに顔をしかめた。
「別に、感傷に浸るくらいいいだろ。ここまで来るのは大変だったんだ。13Kをやめるまでも大変だったけど、この店を構えるまでも一筋縄じゃいかなかった。、、、つうか、俺が13Kを抜けた後、お前まで辞めるなんてな」
キョンは胸ポケットからタバコを出して、くわえた。すかさず、ヤンはライターを差し出し火を付ける。
ヤンは照れくさそうに笑い、自分もタバコを吸い始めた。
「、、、俺は兄貴の行くところ、どこにでもついていきますよ。兄貴に会った時に決めてます。俺の人生は兄貴とともにあるんだ」
「お前、まじで俺のストーカーだな」
キョンは呆れてタバコの煙をヤンに吹きかけた。ヤンがむせる。
私はその2人のやりとりを笑って見ていた。
キョンが私の方を見て、気を取り直したようにいった。
「じゃあ、準備再開するか。ヤンは中の掃除を引き続き頼む。ジェイドは、この不動産の広告を窓にはってくれ」
「はい、社長!」
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