九龍城の恋

布椎嵐

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 その後、キョンと私はオーナーとアニタさんにも絡まれた。オーナーはもうかなり酔っ払っていた。半泣きの状態で、私を娘のように思っていると何回も繰り返し言っていた。
「キョン、、、。絶対に、ジェイドを幸せにしてやってくれよな。この子はもう俺にとって娘みたいなもんなんだよ。泣かしたら、キョンの旦那でも許さない。沙田からかけつけるからな」
「、、、もう何回も泣かせちまってるよ。こいつ、すぐ泣くんだ」
 キョンが、呆れたように私を指差す。
 オーナーは、それを聞いて怒り出す。
「何!もう何回も泣かせてるだって?ジェイド、こんなやつとは別れた方がいい。もっと他にいいやつが、、、」
 酔っ払いのオーナーをヤンが明るく、「まあまあ、オーナー、あっちで話しましょ。」と連れて行って面倒を見てくれた。
 アニタはアニタで、キョンの変貌ぶりにノックアウトされたのかキョンの腕に絡んで酔っ払っていた。
「もう、なんでこんないい男が13Kなの?ジェイドも本当にいい男を捕まえたわね、、、。今日だけ、アタシにちょっと味わわせてね、、。本当に、アタシもいい男捕まえなきゃね。」
 キョンは腕を組んで、ベタベタ触ってくるアニタに、明らかに迷惑そうな顔をしていた。しかし、女の人にはあまり邪険にできないのだろう。今度は、私がなだめ役をだった。アニタさんを「はいはい、あっちでちょっとお水でも飲みましょうね、、、」と言って他の場所に連れ出した。介抱している内に、彼女はカウンターに突っ伏して寝てしまった。

 気づくと、もう時計は12時を回ろうとしていた。お客もまだ残ってはいたが結構みんな飲んでいるらしく、それぞれが楽しんでおしゃべりしたり、お酒を飲んだりしていた。
 私は慌ただしさが一段落して、キョンの隣の椅子に座った。
「とりあえず、、、酔っ払いのオーナーとアニタさんは落ち着いたみたいね」
 私は疲れてため息をついた。キョンは苦笑した。
「マジ、しつこい絡みだった。なんか一気に疲れた」
「お疲れ様」
 私はキョンに笑顔でそういった。
キョンは、ちょっと顔を赤くして少し黙った。そしてヤンの方を向き、立ち上がった。
「ヤン!俺ちょっとこいつと出てくるから、店頼んだぞ!」
 呼ばれたヤンは、酔っ払ったオーナーを介抱しながら手を振った。
「姐さんと変なことしないでくださいね!兄貴」
「アホか」
 キョンは私の手を握り、店の外へと歩き出した。
「行くぞ」
 急に歩き出したキョンに、私は慌てて後ろから話しかけた。
「ちょっと、どこ行くの?」
「ちょっと散歩」
 キョンは九龍城を出て、夜の外に繰り出した。いつもの活気のある雑多な香港の夜。キョンは、以前に2人で行った公園の方に歩いていっているようだった。
 思っていた通りに、以前来た、九龍城が見渡せる公園についた。
 キョンは公園内のベンチに腰掛け、私も隣に腰掛けた。
 いつも通り、九龍城は綺麗だった。人がどんどん減っているなんて信じられない。夜のライトの輝きはひとつも減っていないように見えた。
「どうしたのよ、急に」
 私はキョンの方を見た。
 キョンは私の肩に腕を回した。
「忙しかっただろ?ずっと。客の相手をしたり、俺らと話したり、酒運んだり。だから、連れ出した」
「休ませてくれようとしたわけね」
「そう。それと、、、お前と2人きりになりたかった」
 キョンが私の頭に自分の頭をくっつけた。
「久しぶりだものね。こうやって2人で過ごすの。」
「それと、、」
「まだ何かあるの?」
「お前のその格好を他の男に見せたくなかったから」
 私は顔が赤くなるのを感じた。そんなにこの格好は男の人の心をくすぐるものなんだろか。
「そんなにヤバかった?この格好」
「ヤバい。かなりヤバい。いや、俺にとっては最高なんだけど、それを他の男が見るなんて最悪。絶対変なこと想像するだろうし、そいつら全員ぶん殴ってやりたい」
「、、、それ、さっきヤンに言われたわ。」
 私が笑って言うと、キョンは舌打ちをして「あいつぶん殴っとく」といった。
「でも、真面目な話、最近お前と2人でゆっくり話す暇がなかったから、今話したかったんだ。母親は元気か?勉強してるのか?」
 私はキョンの肩に回していない方の手を握った。
「母さんは元気よ。仕送りしてくれて、お仕事頑張っているみたい。今度、会いに行こうと思っている。勉強も、順調。今度学校の入学試験があるから、頑張らないと。キョンは?、、、最近何してた?」
「キョンは胸ポケットからタバコを取り出し、くわえた。私が彼の手からライターをとり、火をつけてあげた。
「珍しいな、、、。お前が火をつけるなんて」
 キョンタバコに火をつける。
「今日は特別サービス。特別なパーティの日だからね」
 キョンは笑った。
「そうか。今日は、楽しかったな。
「本当に楽しかった」
キョンはタバコを一服吸うと、ゆっくり煙を吐き出した。
「俺は、最近、13Kのナワバリを広げることに専念してた。九龍城がなくなった後、シノギは下がるのは避けられない。そうなる前に手をうつ必要がある。あと、ボスも段々、ボスの役割の仕事を俺にまかすようになってきた。今日も、ボス同志の集まりに行ってきた。だからこんな格好をしたんだが、、。しんどい時もある。だけど、絶対シノギの量を10倍にするって決めたからな。絶対にやり遂げる」
私はキョンの横顔を見た。こんなふうに、強い意志を持った目をするキョンが好きだ。その強さを素直に尊敬してしまう。
「なくなっても、九龍城は変わらない。でも、俺たちは変わらなきゃいけない。自分のやりたいことを手にするために」
「そうね、、。私達、みんな前に進まなければならないわね。それぞれの人生があるんだもの」
 私はキョンを見た。
「私、九龍城であなたと出会えてよかった」
キョンは、私を見た。咳払いをして、照れを隠すように前を見た。
「なんだよ急に」
「だって、本当のことなんだもの。人生、何をすればいいかわからなかった私に、影響を与えてくれた。あなたを好きになってよかった」
 キョンは私にキスをした。優しい、ゆっくりした、愛情が込められたキスだった。
 そして私を抱きしめた。
「そんなこと言うな。襲うぞ」
「、、、ダメでしょ。ヤンにバレるわよ」
 私は、身体に触ってくるキョンの手を掴んで、膝においた。キョンは不満そうにタバコを吸った。
「前にもお前とこの景色を見たな。ただ、あの時とは見ている気持ちが全然違う」
「、、、どんなふうに違うの?」
「生きていく理由ができた」
キョンはそう言って、笑った。
 九龍城の中のサイファで働き、オーナーと出会い、アニタと出会い、たくさんの人々と
知り合った。そして、キョンに出会った。初めて会った時の彼は、どこか人を寄せ付けない雰囲気を持った人だった。そして、どこか孤独を感じさせていた。
 今は、そんな彼とは随分変わったように感じる。何より、よく笑うようになった。
 そんな彼を、とても愛おしいと感じる。
 キョンは立ち上がり、私の手を握ってこういった。
「さ、九龍城に帰るか。ヤンが怪しむとうるさいからな」
「うん、そうだね」
 私たちは夜の九龍城までの道のりを、ゆっくり手をつないで戻った。キョンは、最近あったヤンや仲間達とのくだらなくておかしい話を聞かせてくれた。私は、その話に笑いながらサイファに戻った。
「戻りました!」
 サイファはお客が少なくなっていたが、まだ滞在して楽しんでいる常連客もいた。
 ヤンは空になった瓶や、グラスを片付けていた。私たちの姿を見つけると、困った顔で叫んだ。
「兄貴、もう遅いっすよ。姐さんと変なことしないでって言ったじゃないすか!」
「してねえよ!」
 私は笑って、「ごめんごめん、私も手伝うね。留守を預かってくれてありがとう、ヤン」
 私はヤンからグラスを受け取ると、カウンターに運んだ。
溜まった洗い物を、カウンターの流しで洗う。キョンとヤンが、ふざけあいながらおしゃべりをしている。ヤンは、キョンの肩に手を回し、私と2人でどこへ行っていたのか聞いているのだろう。キョンは、うるさそうにヤンの腕を離そうとしているが、ヤンはガッチリ掴んで離さない。キョンは、ふとカウンターにいる私に目をやる。
 私もキョンを見つめ直す。
 キョンはそのハンサムな顔で、こっちを見て微笑んだ。 
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