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第一章
5.爆発した心
しおりを挟む「阿久津くん? ……どうしてここに?」
「その卵焼きくれるの? くれないの?」
「あっ、うん。どうぞ……」
ポカンとしながら返事をすると、彼は壁面に設置されているハシゴを降りてから私の隣に座り、マスクをずらして無防備に口を開けた。
初コミュニケーションが『その卵焼きちょうだい』だなんて変な人。
しかも、口を開けてるという事は私に食べさせて欲しいのかな。
マスクをずらした姿を見るのは初めてだけど、血色のいい唇に整った歯並び。
想像してたより整っている顔。
箸でつまんでいる卵焼きを口の中に放り込むと、彼はもぐもぐとかみ砕く。
「うめっ……。これ自分で作ったの?」
「ううん、お母さんが」
「だよな。お前のような隠キャが作り出す味じゃないし」
「……」
なにこの人……。
喋ってから3分後には毒舌?
自分だって隠キャなのに初っ端から失礼だな。
咀嚼してる様子をじっと見ていると、彼は何かを示すかのようにあごをクイッと前に向けた。
「ねぇ、そのゲーム面白いの?」
「えっ?」
「床に置いてあるスマホに映っているその王子様キャラのやつ」
「あっ、あああっ!! これはっ!!」
指摘されたのは、開きっぱなしにしていたドキ王。
これ以上突っ込まれたくなかったから、スマホを鷲掴みにしてスカートのポケットにしまった。
お弁当を開く前に床に置いてた事をすっかり忘れていた。
しかも、焦り狂う様子に「プッ」と笑われる始末。
しかし、そんな彼が気になっていたのは卵焼きでもなくリア王でもなく……。
「お前さ、いつも渡瀬に都合よく使われて悔しくないの? 職員室にノート持って行けとか、黒板消しといてとか、ジュース買って来いとかさ」
杏との複雑な事情だった。
その話題を挙げた意図がわからないけど、心の傷口が少しずつ開いてく。
「……阿久津くんには悔しくないように見える?」
「わかんない。俺の席からはあんたの背中しか見えないから」
「席、一番後ろだもんね」
私はクラスで透明人間のような存在だから、 誰にも気にされてないと思ってた。
でも、見ている人がいると知ったら、それはそれで複雑な気持ちに。
「言い返さないの?」
「えっ……」
「お前の都合のいいようにこき使ってんじゃねーよって素直に言えばいいじゃん。それとも、言い返さないって事は何とも思ってないの?」
心の傷口が抉られていく度に、もう1つの感情が距離を置く準備を始めていた。
嫌な事をされて何とも思ってない訳じゃない。
毎日毎日考えてるし、自分でも改善しなきゃと思ってる。
でも、その仕方がわからないから今日までたっぷり悩んできた。
それに、表面的な所しか見てない人に心の問題に触れて欲しくない。
私の心の深部は想像以上に傷ついているから。
結菜はひと口も食べていないお弁当箱に蓋をして袋にしまって立ち上がった。
「人の事情を知らないくせに口を挟まないでよ! 阿久津くんには私の気持ちなんてわかんないからっ……」
拳を握りしめたまま不機嫌にそう吐き出すと、彼から逃げるように走り去った。
彼は悪くないのに、何故か気持ちを爆発させていた。
本当は黙り続けている事がもう限界だったのかもしれない。
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