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第六章
54.俳優の彼
しおりを挟むーーある日の夕方。
私は日向が出演しているドラマの台本を持って本日撮影が行われているショッピングセンターへやって来た。
なぜこんな事をしているかと言うと、今からおよそ2時間前。
学校の廊下で1人で歩いてる時に背後から彼に引き止められて耳元で言われた。
「悪いんだけどさ、家にドラマの台本忘れたから、後で撮影現場まで届けてくれない?」
それから当たり前のように家のカードキーを渡された。
日向の部屋に入るのを嫌がってたからと無理と拒否すると、リビングに台本が置いてあると告げられ。
スタッフに取りに行かせればいいと伝えると、ミカがピアノの日だから頼めないと言われ。
「セリフ覚えてるんじゃないの?」と言うと、「全部覚えてるけど台本持ってないと不安」と言われ。
時間外労働だと伝えると、その分の時給と交通費は出すと言われた。
結局動けるのは自分しかいないと知り、指示通り家に台本を取りに行って現在に至る。
本当に自分勝手な奴。
きっと、あいつは私を便利屋だと思ってる。
それから彼とこまめに連絡を取りながら、ショッピングセンター内1階のジューススタンドに向かった。
すると、そこにはひとクラスほどの人集りが出来ている。
人混みに紛れ込んで人々の頭の隙間から様子を伺うと、そこにはカメラマンやADや長い棒を持っているマイク担当のスタッフが複数人。
そして、奥には日向や同世代の髪の長い若手女優さんがいる。
撮影のスタンバイをしているので話しかけられる段階ではないと思い、ひと息つくまで野次馬の1人として見守る事にした。
「ここから前には出ないでください」とか、「大きな声を出さないでください」などスタッフから注意を言い渡される。
監督と思われる人の指示で撮影が始まると、場の空気が一掃してしまったかのように撮影モードに入った。
小さなテーブルに囲んでフレッシュジュースを飲む2人。
彼は頬杖をついて甘い目線で女優さんにこう言った。
「ねぇ、学校ではどうして素っ気ないの? 2人きりの時はよく喋ってくれるのに」
「えっ! ぜ……全然素っ気なくないよ。郁也の考えすぎだってば」
彼女はサッっとジュースを両手で持ち上げて目線を逸らしたままストローからチューっと吸い上げる。
すると、郁也役の日向は彼女の両手を覆うように手を添えて目線を合わせてこう言った。
「ずっと俺だけを見ていて。他の男によそ見なんてさせない」
「な、何言って……」
「もっと心に近づいてくれないと、ここでチューしちゃうよ」
恋するような眼差しと感情のこもった甘いセリフが周囲の観客を魅了した。
観客は日向の生声にテンションが上がってしまったのか、ソワソワした雰囲気が私まで伝わってくる。
なんか、私には全然関係ないはずなのに、何故かちょっとドキッとしてしまった。
プロの俳優ってすごい。
たったこれだけのセリフなのに、演技一つで観客をごっそりと魅了するなんて。
私は普段見慣れている日向しか知らないから、このギャップに気持ちが追いつけない。
でも、冷静に考えてみたら、あいつは改めて違う世界の人なんだなぁ~と思った。
多くの観客から視線を集めて、スタッフに囲まれながら真剣な眼差しで仕事の話をしていて、準備が来たらまた次のシーンを撮影して。
家や学校で私に意地悪を言ったり、お兄ちゃんの顔でミカちゃんを追いかけ回したり、学校の机に寝そべったまま動かなかった彼は、今そこにいない。
観客の一員として一部始終を見ていたら、言われるがまま台本を握りしめて彼の所に届けにきた自分が置いてけぼりを喰らったような気分になった。
ジューススタンドのシーンが終わると、スタッフは彼らを囲んで別の場所に移動を始めた。
緊張が解れたせいか、観客からは黄色い声が飛び交う。
そこでようやく台本を握りしめていた事を思い出して、現場に残って機材をまとめているスタッフに声をかけて台本を渡した。
彼に声をかける勇気はなかったから、私は集団に背中を向けて歩き出す。
すると、マネージャーの堤下は撮影スタッフと喋った後に反対方向に向かっていく女性の背中に気づく。
「あれ? あの人。家政婦の早川さんに似てるけど髪型が違うか……」
結菜が髪を切ってからまだ一度も会っていない分、その背中が本人かどうか確信が持てなかった。
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