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第四章
35.自分に足りないもの
しおりを挟む朝、目が覚めて身体を起こしたら……。
颯斗さんは布団の足元の方で体育座りをしたまま眠っていた。
布団も被らずに膝の上で組んだ腕を枕にして。
きっと、私が布団を占領してしたから気を使ったのだろう。
昨晩眠りについた時は彼の寝床についてなど考えもしなかった。
それに気付いた瞬間、自分に足りないものが一つ見つかる。
「颯斗さん、朝ですよ。起きて下さい」
「う……ううっん……、もう朝?」
沙耶香が頭上から声をかけると、颯斗はボーッとした返事をしながら目を擦る。
「はい。緑の隙間から差し込む朝日が気持ちいいですね」
「お? よく気付いたな。家庭菜園もバカにならないだろ」
俺は彼女がこの家に来てから初めて共感が得られたような気になって少し気分が上がった。
しかし、そう思ったのも束の間。
「一瞬、軽井沢の別荘を思い出しました。山頂付近の自然豊かなところにあるので光の差し込み具合が似てるなって」
「……」
残念ながら、一瞬の早とちりは一瞬の恥として跳ね返ってくる。
それから二人は朝食作りに取り掛かった。
颯斗は台所のガスコンロ前に立つと、隣で作業待ちしている沙耶香に聞いた。
「昨晩は料理が出来ないって言ってたけど……。逆にどんな料理だったら作れそう?」
「どの料理も自信がありません」
返事があまりにもストレート過ぎてがっかりする事を通り越した。
「……そ。じゃあ、そこのきゅうりを切ってくれる?」
「は……はい! 包丁ってドキドキしますよね」
もう、この時点から怪しかった。
彼女は早速包丁を手にしてまな板の上のきゅうりを刻み始めた。
だが、その手つきは初めて縄跳びを飛ぶ時のようなスピードだ。
俺は生活していく上で必要最低限の家事を教え始めた。
言われた通りこなしていけば何てことはない。
自分も幼い頃からそうやって育ってきたのだから。
しかし、彼女は……。
「たっ大変! 今すぐ救急車呼んで下さい!」
悲鳴にビックリして鍋から目を離して彼女に向けると、どうやら包丁で切ったらしくて指先から少し出血していた。
俺は怪我の程度を見て肩の力が抜ける。
「あの……さ。普通はそれくらいじゃ救急車を呼ばないんだよ」
「今すぐに医者に診てもらわないと、一刻を争う事態かもしれません。早く救急車の手配を……」
……と、沙耶香が切羽詰まったようにそう言いかけた時、颯斗は止血の為に沙耶香の左人差し指を口に含んだ。
沙耶香は想定外の展開に見舞われると、火が吹くようにボッと赤面する。
「えっ……」
「こんなの舐めてりゃ直るよ。大騒ぎするもんでもないし」
だが、男性慣れしていない上に大好きな颯斗に指を咥えられた沙耶香は、興奮のあまりそのまま白目を向いて失神して倒れていく。
颯斗は白目をむいたまま倒れ込んでくる沙耶香にビックリすると、身体をすくうように支えた。
「お……おい! サ……サヤ……サヤ……」
既に意識が失っている沙耶香の耳には、呼びかけ続けている颯斗の声が届いていかない。
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