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第六章
64.愛してるフリ
しおりを挟む沙耶香は深いため息を漏らして一旦気持ちをリセットしてから化粧室を出て個室に向かうと、出入り口扉の向こうからやってきたばかりの瞬とバッタリ会う。
瞬は乱れた髪をササっと手直ししながら横について聞いた。
「遅れて悪い。ねぇ、もうみんな集まってる?」
「とっくに集まってますよ。どうしてこんな大事な日に遅刻したんですか」
「別れ間際に女とトラブっちゃってね~。……あ、そういえば先日予約していた料亭ランチをサボった件、お前んちの親に言ってないよな」
「声をかけたのに帰ったなんて言える訳ないじゃないですか」
「サンキュ! ……じゃ、仲良く行こうぜ」
瞬はそう言って馴れ馴れしい手つきで沙耶香の肩を抱くと、沙耶香は嫌悪感を露わにしながら手を振り払った。
「やめて下さい」
「俺達は婚約者なんだから愛してるフリくらい演じろよ」
「愛してるフリをする必要はありますか? ……お互い無関心なのに」
すると、そのひと言が気に触った瞬は、まるで人が変わったかのように冷淡な目つきで沙耶香の頬を握るように掴み上げた。
「大人しく俺の言う事だけを聞いてればいいんだよ。ロボットちゃん」
顔を10センチほど近づけながらそう吐き出すと、嫌気に満ちた態度で手を振り払い個室へと向かった。
沙耶香は俯きながら拳を震わせていると、近くで見守っていた右京と左京が駆け寄る。
右京「ふぬぬ、うんぐぬぬ……(お嬢様、大丈夫ですか?)」
左京「相変わらず最低な男ですね」
沙耶香「いいんです……。沙耶香はいま最高に幸せだから、その分バチが当たったと思えばなんて事ありませんから」
沙耶香はそう言って席へ戻ろうとするが……。
「……!」
ふと視線を感じて後ろへと振り返った。
右京は沙耶香につられるように目線を向ける。
右京「ふぬぬ、ふんごっ(お嬢様、どうかされましたか)」
沙耶香「……いえ、何でもありません」
心に引っ掛かりを感じながらも、再び目線を戻して個室方面へと歩き始めた。
一方、店に到着してから沙耶香の後を追いかけ続けているスーツの男は、沙耶香が背中を向けたと同時に観葉植物の奥から出て来て店を後にした。
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