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第六章
65.ごめんなさい
しおりを挟む颯斗は15時20分にコンビニバイトから帰宅してインターフォンを押した。
ピンポーン
だが、部屋から一切反応はない。
普段なら沙耶香が出迎えてくれるのに。
鍵を回してから扉を開けるが、やはり沙耶香の姿は見当たらない。
「あれ……、外出しちゃったのかな」
無音の部屋にひとりごとを漏らす。
スマホゲームで時間を潰すが、落ち着かないどころか心の中は心配色で埋め尽くされている。
「あいつ、心配かけさせやがって……」
サヤの連絡先を知らないから居場所を突き止められない。
でも、どこへ行ったんだろう。
外出先で事故にでも遭ったのかな。
それとも、家族が不幸に?
不安が過ぎる一方。
しかし、何も出来ない自分に腹立たしさを覚えていた。
ーーだが、16時半を過ぎた頃。
ガチャ…… キィィィ……
サヤは上下紺色のスーツを着て暗い顔をしたまま無言で帰宅。
明らかによそ着だった。
俺は心配するあまり足早に玄関へ。
「サヤ、何処へ行ってたの?」
「……外出しても聞かないで欲しいと、最初に約束をしました」
「知らない間に出かけてたし、置き手紙もないから心配してたのに、そんな言い方ないだろ!」
俺は心に余裕がないせいか、声を荒げて彼女の腕を掴み上げた。
ところが、彼女の腕は異様に熱を帯びている。
「サヤ、もしかして熱があるんじゃ……」
「……頭がガンガンします」
俺の心配は一瞬で彼女の体調へ。
ちゃぶ台を部屋の隅に寄せて、押し入れから布団を敷いた。
「早く布団に横になって。身体を休めないと」
「わかりました」
彼女はぼんやりとした目つきで返事をすると、スーツの上着を脱いでシャツの第一ボタンに手をかけた。
俺は彼女が目の前で着替えを始めた瞬間、心臓が飛び出しそうになって顔を赤面させたまま後ろを向いた。
「ちょちょちょっと、着替えっ……」
普段はトイレで着替えをするほど慎重なのに、今は俺の存在を忘れてしまったかのように注意散漫になっている。
「あっ! ごめんなさい……。ぼーっとしてました」
最近の自分はちょっと変だ。
サヤの些細な行動で気持ちが浮き沈みしたり、こうやって胸がドキドキしたり。
契約期間が終われば他人同士に戻るのに、何故かその日が来るのを……。
「着替え終わりました」
サヤはスーツをハンガーに包んで鴨居にかけると、静かに布団に入って玄関から反対側を向いた。
俺はサヤの元へ行き、背中側から額に手を当てる。
「すごい熱……。今日はバイトを休まないと。家でゆっくり休んでな」
沙耶香は颯斗の優しさを浴びると、1時間前のフランス料理店での自分を思い出して胸が苦しくなった。
「ごめんなさい」
「何が?」
「何もかも……全部です……」
掠れた声で返事をすると、全てをシャットアウトするかのように頭から布団を被った。
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