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第九章
97.一生分の恋
しおりを挟むそして、運命のあの日。
私は生まれ変わる決意をした。
恥じらいを捨てて伝えたい事は伝える。
自信を持って自分が損をしないように。
人間らしく生きていく為に。
だから、一生分の恋を結婚式までの一ヶ月間に詰め込もうと。
二度目の顔合わせとはいえ、彼が覚えている可能性は低い。
だから、100万円を片手に契約交渉に踏み切った。
この時点で挙式までの日程が迫っていたから、いっ時もチャンスを逃せなかった。
何を言われても強気な姿勢で行こうと心に誓って……。
その反面で恋愛していく自信もなかった。
今まで勉強してきた教科書に恋愛法則は載っていなかったから。
彼と一緒に料理した台所。
話し合いの場に使われたちゃぶ台。
窓際を覆い尽くすほど立派な家庭菜園。
包まって一緒に眠った小さな布団。
毎日布団に入る度に寝るのが勿体無いなって。
平和な寝顔を隣でずっと見続けたいなって。
明け方近い時間まで彼の寝顔を見たまま幸せに浸っていた事もあった。
でも、それはもう二度と叶わない。
契約を始めた頃から決まっていた期限付きの恋。
最後の1秒まで思い残しのないように言いたい事は伝えてきた。
それに、自分から相手に何かをしてあげたいと意欲的な気持ちになったのは生まれて初めてのこと。
小さな星型に切り取った蛍光用紙。
一つ一つ星が完成していく度に『一生颯斗さんと一緒にいられますように』って願い事を込めていた。
大変なんて思う暇はない。
ひたすら彼の笑顔を想像しながら幸せな日々に感謝していた。
私に感情というものを芽生えさせてくれた颯斗さん。
お金の貯め方や使い道。
生まれた頃から何一つ不自由のない生活を送っていたから、彼に出会うまで一度も考えた事はなかった。
働く苦労とか、世間の厳しさとか。
『頑張ろうね』と声をかけながら、心の成長を見守ってくれた。
毎日幸せを噛み締めていたのは、あなたが傍にいてくれたから。
支えてくれたから。
太陽のような温かい衣で包んでくれたから。
でも、この幸せは一生続く訳じゃない。
お別れ寸前になったら前向きな気持ちに切り替えようって。
一日一日、気持ちを剥がしていこうって。
それがうまくいかなかったから、最後の一日を引き延ばしてしまった。
私は籠の中の鳥。
自分の思うように。
自分が生きたいように。
自由に羽ばたく事が許されないから、明け方に書いた手紙をちゃぶ台に置いて家を後にした。
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