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最終章
115.ごめんなさい
しおりを挟む二人は近くのファミリーレストランに場所を移してドリンクを注文すると、沙耶香の父親は再び話を続けた。
「私は十四年前のあの日、マンションの工事現場を視察で訪れていました。そこで現場主任として働いていたのがあなたのご主人。点検不備のクレーン車で運んでいた鉄筋が崩れて私の頭上へ落下。……それに気付いたご主人は危険を顧みずに私の身を守って、そのまま帰らぬ人となってしまいました」
「……あの時は、黒崎さんも落下物に当たって大きな怪我を負われて長期入院されていましたね。ニュースで観ました」
「はい……。私の怪我なんてご主人に比べたら……。今日はあの日の謝罪をする為に代表として出向かせていただきました」
「黒崎さん……」
「弊社の点検不足で大切な命を旅立たせてしまった事を大変申し訳なく思っています。深くお詫び申し上げます」
父親は過去に起きた事故の謝罪をすると、颯斗の母親に深々と頭を下げた。
莫大な時間や資金を費やしても見つからなかった颯斗の母親。
その間、心の何処かに引っかかっていた思いがしこりとなり、あのような出来事をもう二度と繰り返さないように社員教育を徹底させるほど精神的に追い詰められていた。
すると、母親は前のめりになりながら言う。
「もう過去の話です」
「しかし……」
「事故には変わりませんし、黒崎さん自身に責任はありません。私は勇敢に人の命を救った主人を尊敬してます。それに、謝罪する為にわざわざこんな田舎まで出向いてくれてありがとうございます」
父親は颯斗の母親の計らいに気持ちがスッと楽になって頭をあげると、次の質問を始めた。
「一つ聞きたい事があります」
「何でしょうか」
「当時はどうして賠償金を受け取らなかったのでしょうか。私の入院中に代理の者が伺ったはずです。命に値段はつけられないのは承知ですが、あなたには受け取る権利があった」
当時、黒崎建設から提示した金額は一億円。
だが、母親は賠償金を受け取らずに姿を消した。
「あの時は、『ごめんなさい』のひと言が欲しかっただけです」
「……と、申しますと?」
「不慮の事故とはいえ、謝罪を受けぬまま莫大な賠償金を受け取って解決するのは間違いだと思いました。見ての通り、今でも裕福な暮らしとは無縁です。実は先ほど玄関に来たのは末っ子で、当時は赤ちゃんでした。主人が亡くなってから生活は困窮していく一方でしたが、道理をわきまえなければならないと思っていました」
「鈴木さん……」
「でも、黒崎さんはこうやって時間をかけてでも謝罪しに来てくれました。事故直後に家賃が払えなくなって引っ越したので、私を探すのに時間がかかったのではないかと思われます。まさかこんな田舎町まで探しに来てくれるなんて……。だから、この話はもうおしまいです」
颯斗の母親は過去の話に区切りをつけると、初めてニコリと微笑んだ。
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