キミとの恋がドラマチックなんて聞いてない!

伊咲 汐恩

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10.相談し合ったクリスマスケーキ

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 ――十一月二十二日。
 場所はバイト先で、オーナーと私は閉店作業に追われていた。今日は早めにお客さんが引いたので、星河は先に上がって隅のカウンター席でノートを開いて何かを書いていた。私は勉強してるのかなと思ってひょいと横から覗き込む。


「ねぇ、さっきからノートに何書いてるの?」

「実は、来月関東地区の高校生パティシエコンテストがあって、先日書類審査に合格したんだ。これは作る予定のケーキのイラスト。テーマは”クリスマス”」

「うわぁあ!! クッキーで作った家の隣にクリスマスツリー? その反対側にはマジパンで作った雪だるま? かわいぃ~!!」


 ケーキのイラストを見て思わず目が輝いた。普段は定番スイーツを作ることが多かった分、このイラストに込められた想いが伝わってくる。


「どう? イラストのケーキの完成度は何点くらい?」

「んーー、七十五点かなぁ……」

「お? 今回は結構高得点だね。他に何を足したらいいと思う?」

「えっとねぇ……」


 私は彼のノートを両手で持ち上げて、イラストの全体を眺めて出来栄えをイメージした。


「ん~、少し殺風景かな。もう少し角が取れたらいいんだけど。例えば冬っぽさとかを表現できれば」

「冬っぽさか。ショートケーキがメインだからこれ以上冬らしさを加えるにはどうしたらいいか……」

「ねぇ! 白いシュークリームを使ってみるのはどう? 柔らかいイメージには最適じゃない?」

「それいい案だね。クッキーの家の横に白いプチシューを積んだら雪のふわふわ感が増すかな」

「わぁあ! それいいね。かわいいかもしれない」


 星河は私からノートを受け取ると、ふわふわのプチシューを書き加えた。
 すると、先ほどのイラストと比べてふんわりしたイメージが伝わってくる。


「まひろのセンスは絶対だよな~。それを何かに活かせればいいのに」

「あはは、大げさだってぇ。……でも、いいなぁ。星河の作るケーキは夢がいっぱいだよね。見る人を幸せにしたり、食べた人に笑顔を生み出したり」

「そうかな? 自分が楽しくてやってるだけだよ」

「自分が楽しむことって大事だよね。絶対に夢を叶えて欲しいな! 私も全力で応援するからね」


 星河は幼い頃からパティシエという夢を追いかけ続けていた。
 最近は腕も上がって、その努力が夢へと繋がろうとしている。
 一歩一歩努力を積みかさねて、失敗しても成功するまで頑張る。そのスタンスを隣で見てきた分、星河の夢を心から応援している。 
 すると、星河は私が聞こえないくらい小さな声でボソッと言った。 


「食べて欲しい人がいるから頑張れるんだ」

「……えっ、なんて言ったの?」

「なんでもない。……それよりお前、甘いものばかり食ってるからこんなにぶくぶく太るんだよ」


 彼はそう言うと、両手で私のほっぺをつまんでびよーんと伸ばした。


「いたひっ……!! うるさいなぁ……。太らせたのは星河のケーキが美味しいせいだよ」

「じゃあ、もっと美味しく作るからお前はもっと太るだろうな」

「何よ~っ!! 女の子のほっぺをつねることないでしょ!」


 相変わらず私への対応はひどいっ!! でも、ノートに書いていたケーキのイラストを見た途端、更に夢を応援したくなった。コンテストでは優勝して夢に更に一歩近づくといいね。

 

 ――バイトを終えると、私たちは一緒に家路へ向かった。
 十一月下旬にもなると、朝晩の寒暖差が激しくて冷たい風が身を包む。


「ん~、今日もお疲れ!」

「あっ、そうだ! まひろは進路希望の用紙提出した?」

「ううん、まだ。やりたいことが見つからなくて。……星河はいいな。夢があって羨ましい」

「そ?」

「ケーキを作ってる時は他の物は目に入らないほど夢中だし幸せそう。本当に凄いなって尊敬してる」


 私は冬の星空を見上げて星河の将来を思い浮かべた。


 ――私にはまだ夢がない。
 最近は本をあれこれ見漁っているけど、どこか現実的に考えてしまうところもあって未来のイメージが湧かない。だから、夢に一直線に向かっている星河が正直羨ましい。

 びゅうっと強い風が吹いた瞬間、「うっわ、さむっ」と呟いて身を縮こませながら上着の上から体をさすると、星河は首に巻いているマフラーを外して正面から私の首に巻いた。
 その一瞬で星河の香りに包まれると、私の心臓はトンっと弾んだ。


「まひろにもそのうち見つかるよ。絶対人には譲れない夢がね」


 逆光を浴びたまま穏やかそうな眼差しをしてそう伝えられた瞬間、かあぁと赤面する。
 それと同時に櫻坂さんの顔が思い浮かんで罪悪感に苛まれた。


「ま……マフラーなんて、いいよ。櫻坂さんに見られたらまずいし」


 現実が邪魔をしてマフラーを解こうとした途端、星河はその手を止めた。


「その時はちゃんと説明する。俺らの関係はそこまでヤワじゃないから遠慮しないで」

「でも……」

「大丈夫。ぼたんなら伝えればわかるから」

「ありがと」


 最近は変に意識してしまってるせいか、星河にどう対応したらいいかわからない。彼女が出来てから今まで通りでいいのか、それとももう少し遠慮した方がいいのか。
 星河は私との関係をどう思っているのかな。
 ただ、以前のように二人きりでいると星河に彼女がいることを忘れてしまう。

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