45 / 49
44.意気地なし
しおりを挟む俺は自宅で、五月に開催されるスイーツコンテストの予選に提出する為のケーキのイラストを書いていた。
机の隣の本棚の上には、パティシエコンテストで優勝した時にもらった賞状と盾が飾ってある。それを眺めながら色鉛筆を握っていると、まひろからスマホに一通のメッセージが届いた。
手に取るかどうか悩んでいたから通知欄だけ眺めた。ところが、そこには驚くべき内容が書かれている。
『来月九州に引っ越す事になったの。星河には直接会って伝えたかったけど……』
俺はすかさずLINEを起動させて吸い付くようにメッセージを眺めた。
以前からメッセージは何度も届いていたけどスルーしていた。その理由は気持ちを整理するため。
一方的に関係を断ち切らないと、心の傷が深くなっていくだけだから。
しかし、今回ばかりはスルー出来なかった。
「なんだよ、これ……」
返信したい気持ちは山々だったけど、指を引っ込めてスマホを机の上に置いた。
まひろが九州に行けば自分の気持ちも落ち着くだろう。そうすれば、もう二度とぼたんを傷つけることもない。
それに加えてまひろが他の男と幸せそうに喋ってる姿を見なくても済むようになる。
俺はぐちゃぐちゃになっている気持ちをリセットしようと思って、ベッドに寝転んで天井を見上げた。
でも、そこに描かれていたのはまひろとの思い出。
引っ越し直後に挨拶に来た日に一目惚れして、一緒に遊ぶようになってから恋に発展。
バレンタインチョコを貰った日は嬉しくてお下がりのスマホで何十枚も写真を撮った。
それはいまでもたまに眺めている。
ホワイトデーにお返ししようと思った時にお菓子の中で一番好きなクッキーを選んだ。
それを渡したら、あいつはすごく喜んでくれて「星河はお菓子作りの天才だね! 将来はケーキ屋さんになってね!」と。
それがきっかけでパティシエを目指したっけ。
小学生の低学年の頃、授業参観の時に「将来はパティシエになりたい」と発表したらみんなに笑われた。サッカーを習っていたから余計に。
でも、あいつだけは笑わなかった。それどころか、「星河のスイーツは幸せな味がするよ」と言ってスイーツを渡す度に褒めてくれた。
中学に進学してから部活が休みの日にショッピングセンター内のお菓子教室に通った。
もちろん、男は俺一人。アウェイ状態だったけど、同じ道を志す仲間もいて心強かった。
そこで仕上げたスイーツはいつもまひろの口がゴール。幸せそうに食べてくれる姿に胸がキュンとした。
高校に進学してからすぐに叔父さんの店でお手伝いを始めて、比較的店が暇な時間帯にスイーツ作りをさせてもらった。
そしたら、まひろは「星河がスイーツを作ってるところを見てみたい」と言って一緒に働き始めた。だから、あいつも俺に気があるんじゃないかと誤解していく一方だったし、気持ちが膨れ上がるあまり関係が崩れるのを恐れて告白できなくなってしまった。
結局耐えきれなくなってしまったのは自分の方。
まひろからちゃんと卒業することが出来たら、また幼なじみとして向き合えるだろうと勝手に思っていた。
――そんな最中、突然別れのメッセージ。
気持ちが追いつけないどころか目頭がじわじわと熱くなっていくばかり。
ベッドから立ち上がると、再び机に戻って二段目の引き出しを開けた。
その中から取り出したのは、まひろの父親からの最後の手紙。
俺が未だに見返している大切な宝物だ。そこに書いてあるのは……。
『いつも美味しいスイーツをありがとう。まひろはすなおじゃないところもあるけど、星河くんのゆめを一番に応えんしているよ。りっぱなパティシエになってまひろを幸せにしてやってね』
残念ながら、俺はおじさんとの約束を守れそうにない。
おじさんは病と戦いながら沢山エールを送ってくれたのに、俺は意気地なしだから尻尾を巻いて逃げてしまった。
だから、メッセージは返信しなかった。
再び膨れ上がっていく気持ちは、飲み込むつばと共に無理やり押し込んだ。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~
深冬 芽以
恋愛
交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。
2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。
愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。
「その時計、気に入ってるのね」
「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」
『お揃いで』ね?
夫は知らない。
私が知っていることを。
結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?
私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?
今も私を好きですか?
後悔していませんか?
私は今もあなたが好きです。
だから、ずっと、後悔しているの……。
妻になり、強くなった。
母になり、逞しくなった。
だけど、傷つかないわけじゃない。
学校一のイケメンとひとつ屋根の下
おもちDX
BL
高校二年生の瑞は、母親の再婚で連れ子の同級生と家族になるらしい。顔合わせの時、そこにいたのはボソボソと喋る陰気な男の子。しかしよくよく名前を聞いてみれば、学校一のイケメンと名高い逢坂だった!
学校との激しいギャップに驚きつつも距離を縮めようとする瑞だが、逢坂からの印象は最悪なようで……?
キラキライケメンなのに家ではジメジメ!?なギャップ男子 × 地味グループ所属の能天気な男の子
立場の全く違う二人が家族となり、やがて特別な感情が芽生えるラブストーリー。
全年齢
はじまりの朝
さくら乃
BL
子どもの頃は仲が良かった幼なじみ。
ある出来事をきっかけに離れてしまう。
中学は別の学校へ、そして、高校で再会するが、あの頃の彼とはいろいろ違いすぎて……。
これから始まる恋物語の、それは、“はじまりの朝”。
✳『番外編〜はじまりの裏側で』
『はじまりの朝』はナナ目線。しかし、その裏側では他キャラもいろいろ思っているはず。そんな彼ら目線のエピソード。
『大人の恋の歩き方』
設楽理沙
現代文学
初回連載2018年3月1日~2018年6月29日
―――――――
予定外に家に帰ると同棲している相手が見知らぬ女性(おんな)と
合体しているところを見てしまい~の、web上で"Help Meィィ~"と
号泣する主人公。そんな彼女を混乱の中から助け出してくれたのは
☆---誰ぁれ?----★ そして 主人公を翻弄したCoolな同棲相手の
予想外に波乱万丈なその後は? *☆*――*☆*――*☆*――*☆*
☆.。.:*Have Fun!.。.:*☆
結婚相手は、初恋相手~一途な恋の手ほどき~
馬村 はくあ
ライト文芸
「久しぶりだね、ちとせちゃん」
入社した会社の社長に
息子と結婚するように言われて
「ま、なぶくん……」
指示された家で出迎えてくれたのは
ずっとずっと好きだった初恋相手だった。
◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌
ちょっぴり照れ屋な新人保険師
鈴野 ちとせ -Chitose Suzuno-
×
俺様なイケメン副社長
遊佐 学 -Manabu Yusa-
◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌
「これからよろくね、ちとせ」
ずっと人生を諦めてたちとせにとって
これは好きな人と幸せになれる
大大大チャンス到来!
「結婚したい人ができたら、いつでも離婚してあげるから」
この先には幸せな未来しかないと思っていたのに。
「感謝してるよ、ちとせのおかげで俺の将来も安泰だ」
自分の立場しか考えてなくて
いつだってそこに愛はないんだと
覚悟して臨んだ結婚生活
「お前の頭にあいつがいるのが、ムカつく」
「あいつと仲良くするのはやめろ」
「違わねぇんだよ。俺のことだけ見てろよ」
好きじゃないって言うくせに
いつだって、強引で、惑わせてくる。
「かわいい、ちとせ」
溺れる日はすぐそこかもしれない
◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌
俺様なイケメン副社長と
そんな彼がずっとすきなウブな女の子
愛が本物になる日は……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる