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第六章
146.目くそ鼻くそを笑う
しおりを挟むアイツは栄養を盾に云々と語り、味には自信があると言いながらも、まだ料理を一度も口にしていない。
だから、一刻でも早く深刻な状況に気付いてもらわねばならない。
「そう思うなら自分で食ってみて。そんな甘ったるい考え方をしてるって事は、どうせ味見してないだろ」
「たんまりと愛情のこもった料理に味見なんて要る? 料理は愛! 勘で十分だよ」
やっぱり俺の目論見通り……。
しかも、勘で十分な料理を出したのかよ。
「そんなに偉そうに言うなら食ってみ?」
拓真は左口角をピクピク痙攣させてそう言うと、お皿に力強く指をさした。
和葉は毒ばかり吐かれて嫌な気分になりつつも、スプーンでチャーハンすくってパクリと口に含む。
だが、次の瞬間……。
先程から拓真がしつこく言っていた意味がようやくわかった。
「あぁ、こんな感じなんだぁ」
喉が臭い料理を拒否しているが、プライドが邪魔をする。
あー、ヤバ。
塩と砂糖を入れ間違えちゃったみたい。
初歩的なミスをしちゃったのね。
マズイって、そーゆー事ね。
食材の匂いが色々と混ざって生臭いけど、ここを間違えなければ完璧だったかも。
今までプライド一本で生きてきた和葉は、例えそれがNOであっても簡単にNOとは言わない主義だ。
しかし……。
料理を口にしてから頭の中に一つだけ思い起こした事がある。
それは、部屋で寝込んでいるお婆さんの所に、先ほど同じ料理を持って行ってしまった事だ。
和葉の手料理がどうしても受け付けない拓真は、『いいから、俺に任せろ』と一点張りでキッチンに出向いた。
その間、和葉はテレビを見て寛ぎながら待っていると、玉ねぎを炒めた香りが漂ってきて思わずお腹がグゥと鳴った。
料理が完成すると、拓真は両手にお皿を持って居間のちゃぶ台の上に置く。
和葉は拓真の作った料理に興味津々で前のめりになってお皿を覗き込んだ。
「うわぁ、これオムライスだよね?」
「あ……あぁ」
「すごぉ~い! 早く食べよ。お腹空いちゃったよ」
しかし、拓真も和葉と同様、料理をした経験がない。
料理の腕前としては、お互い然程変わらない。
色の薄いチキンライスは卵で包まれてる訳ではなく焦げた炒り卵が乗っかっている。
唯一上手だと思ったのは、波型に太く描いたケチャップのみ。
だが、拓真の手料理が嬉しくて心震わせた和葉は、お腹が空いていたという事もあって早速スプーンですくい上げてパクリと食べた。
味は見た目ほど悪くない。
焦げのついた卵がちょっとボソボソしていて、チキンライスは色が薄くて味はほとんどないが、ケチャップで味が上手くカバーされている。
「美味しい」
感想はもちろん棒読み。
正直、お腹が空いているから何でも美味しく感じる。
敢えて口にしたのは、作ってくれた事に礼を尽くしただけ。
「……だろ? 残さずに食えよ」
「…………」
目くそ鼻くそを笑うとは、きっとこの事だろう。
自分の方がほんのちょびっとだけ美味しく仕上がったから、調子に乗ってしまったようだ。
でも、私を思って一生懸命作ってくれたから、生意気でも許してあげる。
「あー、幸せ。拓真の手料理を食べれるのは世界でたった一人だけかも。オムライスを噛みしめる度に恋の味しかしない」
「……ったく。相変わらず大袈裟だな。冷める前にさっさと食えよ」
今は隣に拓真がいて、味はどうあれ自分の為に料理を作ってくれた。
普段は時間外の接近禁止令が出て柵の外に追いやられているけど、今の優越感を拓真に群がる女子達に見せつけてやりたい。
こんな小さな幸せが待ち受けているのなら、手料理が失敗して正解だったかも。
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