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第七章
190.疎かにされた時間
しおりを挟むーー同日の放課後。
和葉は終礼と共に誰よりも先に教室を飛び出して、拓真のクラスの下駄箱に向かった。
途中、上履きが脱げそうになった。
何度も何度も廊下で転びそうになった。
無心になってがむしゃらに走った。
走ったら髪がぐしゃぐしゃになるとか。
肩からぶら下げてるカバンで制服がシワになるとか。
女としてカッコ悪いと思われても、全然構わない。
拓真に出会う以前の私には想像がつかないくらい、今まで気になっていた事がどうでも良くなっていた。
空が青く見えるのは、今日までずっと幸せだったから。
太陽が眩しく感じたのは、いま恋をしているから。
今日は丸一日会えなくて心が隙間だらけだから、放課後からの時間が何よりも貴重なひと時に。
拓真は昼間の時間を犠牲にするくらい栞に付きっきりだったから、せめて放課後は私の為に確保してくれるものだと思っていた。
しかし、その先に待っていたのは……。
昇降口へ繋がる階段から楽しそうに肩を並べて向かって来る拓真と栞の姿。
下駄箱に降りて来るのは拓真だけだと信じていたのに……。
正直、栞を連れて来た時点で我慢は限界を迎えていた。
しかも、私の心情など察する様子もなく、栞と楽しそうに歩いてる様子を見て、煮え滾るほどの嫉妬心が湧き起こっていく。
拓真は栞と再会してから私との時間を疎かにしていた。
一度目は、拓真の家に栞が現れた時。
二度目は、今日の昼休みに栞と二人きりで過ごす為。
そして、三度目となる今は栞と一緒に昇降口へと降りて来た、この瞬間だ。
一度や二度ならまだしも、三度目となるともう言葉にならない。
栞はまだ転校して来たばかりでまだ勝手がわからないから、昼間は仕方ないと思っていたけど……。
こうやって何度も貴重な時間を奪われると、いい加減嫌になる。
もしかして、栞を連れて来たという事は、三人で一緒に帰ろうとしてるの?
若しくは、拓真が直接私に一緒に帰れないと告げて、栞と二人きりで帰ろうとしてるの?
もしそうだとしたら、残酷過ぎるよ……。
拓真達が下駄箱の3メートルほど手前まで来ると、栞は和葉に気付いて先に声をかけた。
「あっ……。一昨日、拓真の家にいた人ですね。先日はどうも」
2日ぶりに目にした栞は、二度目に会う私に対しても愛想が良く頭を下げて愛らしい笑顔を向けた。
出来れば校内で出くわしたくなかった。
拓真と知り合った学校は、恋心を育んできた場所だからテリトリーを犯されたくない。
和葉は湧き上がる激情を抑えながらも、最低限の礼儀は果たそうと思っていた。
ところが、思いとは裏腹に、作り笑顔はまるで痙攣してるかのように口角が歪む。
「あ、はい」
「先日はロクな挨拶が出来なくてすみません。私は 藤田 栞 です。拓真の幼馴染でこの学校に転校してきました」
「私は一ノ瀬 和葉です」
先にお婆さんから聞いていたからその情報は知ってる。
でも、拓真も私が栞について何も知らないと思っているから、知らないフリをするのが正解だ。
「和葉さんは畑のお手伝いに行ってると聞きました」
「まぁ、そんな感じです。拓真一人じゃ農作業は大変ですから」
自分でもビックリするくらい不自然な敬語に。
栞は私について色々詮索したのだろうか。
そして、私が栞を目障りに思っているように、栞自身も私を目障りな存在だと思っているのかもしれない。
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