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第七章
207.トラウマの深さ
しおりを挟む栞はハイソックスをスッと上げてソファに腰を落ち着かせると、硬く結んだ唇の口角を上げて首を横に振った。
「もう大丈夫です。一年経ったし傷跡は見慣れましたから」
「でも、一生残るんでしょ? 拓真のお婆さんから聞いたの」
「はい……。でも、ナーバスに考えていません。この傷跡は努力の勲章ですから」
「えっ、努力の勲章?」
「この怪我があったからこそ、拓真は変わりました。あの事故がなければ、今はどうなってたかわかりません。元の拓真に戻ってくれて良かったと思っていますから」
「でも……」
「こんな傷跡なんて大した事ないです。これが私の人生ですから」
いつものように淡々と語る栞は、想像以上に芯のある強さを見せた。
もし怪我をしたのが栞じゃなくて、私だったら……。
身体に一生の傷跡が刻まれても、拓真の為だから仕方ないって割り切れるのかな。
好きだったら許せちゃうのかな。
私は栞のような経験をしてないから、わかんないよ。
和葉は実際傷跡が目に焼き付いたら、拓真が抱えているトラウマの深さに気付かされた。
拓真が栞に優しくしていたのは、ただ好きだっただけじゃなくて、大怪我を負わせてしまった責任や罪悪感もあるはず。
直接栞から話を聞いたり、実際この目で傷跡を確認したら、それが推測から確信へと変わった。
すると、和葉は白菜の収穫時に怪我を負って病院に行った時に、拓真が診察後に待合室で言っていたあの時のセリフを思い出した。
『お前に何かあったら、俺……』
自分の不注意で怪我をしたにも拘らず、拓真は異常なほど心配をしていた。
その理由が今ようやくわかったよ……。
悔しいくらいに。
残念な事に。
栞の怪我は、拓真にとって乗り越えられないほど辛いトラウマかもしれない。
もう、取り返しがつかないほどに……。
それなのに、私は拓真の気も知れずそのまま敦士のライブに行った。
だから翌日、拓真が教室を訪問するくらい怪我の様子を心配したり、あの後ライブに行った事を快く思ってなかったんだよね。
今になってようやく気持ちがわかったよ。
和葉は清算される事のない過去を背負い続けている拓真を想うと、胸が一杯になって肩を震わせながらすすり泣いた。
栞は涙で頬を濡らす和葉を目の当たりにすると、次にどう口を開いたらいいかわからない。
沈黙はしばらく続いた。
同じ時間帯に来店していた客は、もう片手で数えられるほどしかいない。
トレーを持って二階へ上がって来る客は、進み行く時間と共に年齢層が上がり、ドリンクカップに入っているコーラは炭酸が抜けていた。
重くるしい話をしている二人を他所に、来店客はテーブル横の狭い通路を騒々しく行き交っている。
和葉の荒く乱れていた呼吸が整った頃、栞は軽く顔を覗き込んだ。
「和葉さん、もう大丈夫ですか?」
「あ……、うん。大事な話をしていたのに、話を中断させちゃってごめんね」
「いいえ。次は私が質問をする番ですが、聞いてもいいですか?」
「うん、いいよ……」
大事な話があったのは、栞も同じ。
きっと、朝から話をするつもりだった。
じゃなければ、帰り間際に呼び止めたりしない。
和葉は目尻の涙をミニタオルで拭いながらも、不安で胸をドキドキさせていた。
先ほど栞が誠意を持って伝えてくれたように、自分も誠意を持って対処したい。
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