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第七章
206.傷跡
しおりを挟む栞は事故の話から今日までの想いを吐き出すと、区切りをつけるかのようにフッとため息をついた。
これが、今日まで当てはまらなかったパズルのピース。
栞、拓真……。
そして、お婆さんから聞いた話を重ね合わせてみると、それぞれ欠けていたピースは隙間を埋め尽くした。
雨で農作業を中断した日の帰りに私がぶつかった相手はやっぱり栞。
だから、拓真はすぐに気付いた。
拓真にとって、栞はより身近な存在だったから。
夢中で話を聞いていたら予想以上のスピードで時が進んでいた。
店内の奥側の窓側に背中を向けていたから、窓の外の様子に気づかなかった。
今は夕食時に切り替わる時間帯で店内は混雑を始めている。
自分の意思を貫いて街へ戻ってきた栞。
事故で身体に一生残る傷を負っても、恋心一つで許した。
きっと、そこには人知れぬ苦悩と葛藤があっただろう。
それに、身体に傷を負ったままお婆さんの身の回りの世話をしていたなんて……。
ただですら、事故の傷跡で身も心もボロボロだったはずなのに。
話を聞いてから正気じゃいられなくなった。
拓真への強い想いや、二人が辿ってきた過去を知るほど怖くて身体が震える。
これが、本当の栞。
知れば知るほど拓真を遠ざけたくなる。
更に堪え難いのは、拓真が栞を好きだったという事実。
でも、栞は拓真の気持ちに気付いていない。
だから運良く助かっている。
もし、お互いの気持ちを知る機会が訪れたら、私の恋はそこで終わり。
崩れた積み木のように残骸だけが残された状態に。
だけど、栞の気持ちや耳を塞ぎたくなるような過去を聞かされても、拓真を諦めるつもりはない。
この恋が人生賭けても構わないほど大事なものだから、最後まで足を踏ん張らせたい。
でも、話を聞いてから、恋に終止符を打たなければいけない日が訪れるかもしれないという恐怖が襲いかかった瞬間でもあった。
話を聞いた事に後悔はないけど、あと一つだけ真実に迫りたい。
それは、左ふくらはぎの傷跡。
一度この目で見ておきたい。
傷跡がどの程度のもので、今はどれくらい回復したのかが知りたかった。
「事故の傷跡、見せてもらってもいいかな?」
そう言いつつも、膝に置いている指先はカタカタと震える。
心の中では、傷跡が消え去っている事を願っていた。
15センチほどの大きな傷跡が1年程度で消え去るはずがないのに……。
栞は上目遣いでボソリと聞いた。
「本当に傷跡が見たいんですか?」
顔面蒼白の和葉は身を震わせながらも、黙ってコクンと頷く。
すると、栞は椅子に座ったまま上半身を軽く屈ませて、左足に履いている紺色のハイソックスをくるぶしまで下ろした。
そこで目にしたものは、以前お婆さんから聞いた通り、ふくらはぎの膝下から少し外側に曲がったように縦に15センチほど傷跡が刻まれていた。
傷口は塞がっているが、皮膚は水ぶくれのように盛り上がっている。
栞から1メートル近く離れていても、傷跡がはっきりとわかるくらいに。
和葉は予想以上の傷跡の大きさにショックを受けて、一瞬グワンとめまいがした。
「痛かったでしょう……」
和葉は傷跡から目が離れなくなった瞬間、じわっと涙が浮かび上がった。
一方の栞は、涙を見た途端ギョッと目を開く。
「どうして和葉さんが泣いてるんですか? 傷はもう治ってるし」
「足の傷跡もそうだけど、栞ちゃんの心の傷跡の方がもっと心配……」
顔を横に振って次々と両目から涙を滴らせている和葉の竦んだ肩は頼りなくカタカタと震えていた。
栞の傷跡は、和葉に負けを認めざるを得ないほど脅威的なもの。
先ほどまでの意気込みがあっさり消失していくほど、重い現実に押し潰されていった。
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