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第八章
210.ノロケ話
しおりを挟む山田の意見が拓真の意見としてすり替わりつつある和葉は、ショックのあまり次の言葉が出てこない。
先日から二度に渡って相談を受けてお互いの距離が縮まったと思った山田は、しんみりとした表情を一変させて自身の恋愛話を始めた。
「そー言えば、僕。おととい久しぶりに友達の家に行ったら、例の好きな子と再会したんです」
和葉は既に自分の事がいっぱいいっぱいで、人の恋愛話など聞ける状態ではない。
だから、突然胸の内を語り出した山田に空返事をする。
「あー、例の高校時代の友達の妹? ふーん、良かったね」
返事は明らかに無関心でほぼ棒読み。
山田の話に興味がなくて、ひと言程度で終わらせるつもりだった。
ところが、一度点火した恋バナは徐々に加速していく。
「顔はもちろん可愛いんですけど、何を話しても愛らしいし、ピュアで洗練されてると言うか、ウブで女の子らしくて守ってあげたくなると言うか。あぁ……、恋するって本当に幸せですよね。彼女が微笑みかけるだけで、僕は幸せで悶絶しちゃいます」
テンションが右肩上がりで、耳を塞ぎたくなるほど激甘なノロケ話だが、残念な事にそれはつい一週間前までの自分のよう。
それなのに、一週間後の今は人生のどん底。
だから、頭の中のお花畑が満開な山田の平和な様子に苛立ちを隠せない。
私は神様じゃない。
恋バナを一緒に喜んでもらえる思ったら、大間違いだ。
人の幸福話なんてものは時と場合によって気分が変わるもの。
いま地獄の気分を味わっている私と、天国の気分を味わっている山田とは、感情の度合いが天地の差。
今さっき辛い悩み相談をしたばかりなのに、空気が読めないのか。
甘ったるい話を語る唇は、今すぐに輪ゴムで縛りつけてやりたいほど聞きたくない。
「ふ~ん、あっそ。でも、和葉はいまその話に興味がないから」
女としての質を落としたくないけど、冷たく吐き捨てればクダらない恋愛話は終わると思った。
一方の山田は、親身になって話を聞いてあげたにも拘らず、自分の話はマトモに取り合ってもらえないと察すると、急に面白くなくなった。
「『ふ~ん、あっそ』って。一ノ瀬さんって、結構冷たいんですね」
「はぁ? 和葉に何か相談したいなら、もっと面白い話を持ってきて」
身勝手な返答が届けられると、山田は更にテンションが落ちた。
だが、このタイミングでふと先日の会話を思い出す。
「でも、一ノ瀬さんは僕よりも30倍近くの人数の方とお付き合いしてるから、僕よりも恋愛上手じゃないですか」
「はぁ?! 30倍近くって言い方が気に食わないんだけど。山田くんがたった一人しか付き合わないから、私の倍率が上がっただけでしょ?」
「またまたぁ……。あ、そー言えば。先週話していたあの好きな人とその後どうなったんですか? 結局付き合えたんですか? 一度話を聞いてからその後が気になってて……。一ノ瀬さんが想いを寄せる人って、一体どんな人なんですかねぇ」
面白い話を持って来いと言った直後に持ってきたのが、デリカシーに欠けたこの話題。
人がこんなにも悩み苦しんでいるというのに、山田は聞きたがりの知りたがりで全く空気を読まない。
何だよコイツ……。
今は栞と拓真の事でいっぱいなのに、よりによって何でいま私の恋愛話を聞いてくるのかな。
今さっきのお悩み相談が、私の話だと気付かなかったのかな?
それとも、私が落ち込んでるから話をひん曲げて笑わそうとしているの?
はぁ、勘弁してよ……。
和葉は根掘り葉掘り恋愛話を聞いてくる山田を鬱陶しく思い、キッと睨みつけた。
「う・る・さ・い。無駄口叩いてないで、さっさとタバコを陳列してよ。そんな簡単な作業なんて小学生でも出来るでしょ」
「……はぁ、すんません」
和葉は偉そうな態度を取るが、山田はバイトの先輩。
不都合な話が回ってきた途端、急に面白くなくなってツンっと偉そうな態度を取って仕事へ戻った。
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