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第九章
256.ファーストキス
しおりを挟むHRで終礼を終えて教室から人がいなくなった、ある日の放課後。
栞は職員室に用があり、拓真に教室で待つように伝えていた。
席に座ったまま外を眺めている拓真は、険悪ムードになっている和葉と近いうちに関係改善を図ろうと考えていた。
和葉には忘れてくれと伝えたけど、以前とまではいかなくても関係を続けていきたかった。
その理由は、毎週末農作業を通じて多大な感謝をしていたから。
恋人にはなれなかったけど、せめて顔を合わせたら挨拶くらいはしたいと思っていた。
栞が用事を済ませてから教室へ向かうと、拓真は今日も窓際の席から頬杖をついて外を眺めていた。
最近の拓真は、笑う回数が減って窓の外を眺める回数が増えた。
しかも、外をボーっと眺めてる訳ではない。
まるで何かを探してるかのように軽く前のめり気味に。
さすがにこんな日々が続くと気が滅入る。
私も人間だから、小さな積み重ねは大きな起爆剤になってしまう。
でも、そういった心情を知られたくないから、明るい声で振る舞った。
「拓真、お待たせ」
拓真はそれまで誰もいなかった教室内で栞の声に気付くと、ビクッと肩を揺らせた。
「用事はもう済んだの?」
「うん、数学の先生がすぐに捕まったから」
「じゃあ、帰ろうか」
そう言うと、足元に視線を落としながら机の横に置いてあるリュックを片手でヒョイと持ち上げた。
栞は単調な返事と恋人としてボーダーライン以下の現状に寂しそうな目で見つめていた。
ーーもう、限界だった。
念願の恋人になれて幸せなはずなのに、彼の瞳の奥には自分が映っていない。
どんなに待ち続けても改善されないどころか、心の距離が遠退いてる気がする。
一緒に居ても不安の渦に飲み込まれてしまうのは何故だろう。
栞は拓真が立ち上がったタイミングで足音を立てながら傍へ駆け寄り、拓真の首の後ろに両手を絡み合わせてグイッと引き寄せて強引に唇を合わせた。
「……っ」
ーーそれは、心が彷徨っている拓真の全てを力づくで惹きつけるかのように……。
柔らかい唇の感触。
敏感に反応する神経。
唇越しに伝わる温かい体温。
口元にくすぐる弱い息遣い。
これが初めてのキスだった。
本当は拓真からキスしてもらう日を夢見てた。
今か今かと胸を躍らせながら……。
でも、運命の日はまだ訪れる気がしなかったし、毎日我慢ばかり重ねていたから少しでもご褒美が欲しかった。
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