プラトニック ラブ

伊咲 汐恩

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第一章

7.幸せな瞬間

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「それともわざと焦らしてんの?」

「へっ?」


「参ったな。お前の駆け引きには勝てないかもしれない」

「~~~っ」



  彼の腕の中は1分先の事も考えられないほど頭がいっぱいいっぱいになる。
  まだ心に温度差があるのか意地悪を言えるほど余裕さえ。

  マイクを握ったり、サインしたり、ファンとの交流で握手をする手は、いま私の身体を包み込み。
  美しい歌声で人々を魅了している口は、いま至近距離で私の名前を呼んでいる。
  歌とダンスで日本中を湧かせているKGKのセイくんの胸の中に顔を埋める私は、2週間前から彼の特別な人になった。

  もしかしたらセイくんは慣れてるかもしれないけど、私は緊張を通り越して今にも心臓が破裂寸前に。

  でも……。
  彼の胸に耳を当てていると、ドキドキしているのは自分だけじゃないと知った。


  セイくんは人一倍有名人になったけど、本当はごくごく普通の高校2年生。
  恋愛をよく知らないから他人と比較しようがないけど、きっと他の男子もこんな感じなのかな。

  それにしても⋯⋯、近い
  今朝まで巨大ポスターで見ていた人物の顔が、いま自分の目の前に。

  ドクン  ドクン……

  脳みそにも心臓があるんじゃないかと思うくらい、全身に強い鼓動を感じている。
  正直緊張してるのがバレたくない。
  しかも、手をどこに置いたらいいかわからないし、目線はどこに向ければいいのかさえ。


  カーテンから間接的に降り注ぐ日差し。
  体温が伝わる温かい胸。
  ふわりと鼻をくすぐる香り。
  思わず鼻をクンクン揺れ動かす。

  最高に幸せ。
  意識しなくても顔が綻んじゃう。
  ずっと、このままでいたいな……。



「なかなか会えなくてごめん。LINEの返信もしなくてごめん。謝る事は山ほどあるのに与えるものは少ないかも」

「ううん。セイくんが隣にいてくれるだけで幸せだよ」



  ……そう、幸せ。
  毎日忙しいのに、こうやって気にかけてくれているだけでも充分嬉しい。



「ねぇ、紗南」

「……うん?」


「俺さ、テレビ越しからお前に秘密のメッセージを送る事にしたよ」

「えっ、秘密のメッセージ?」


「⋯⋯⋯そ。会えない時や連絡がつかない時でも、いつもお前の事を考えている証拠にしたいなと思って」



  紗南は急な提案に目をパチクリする。
  セイは紗南の目の前で指先で半円を作って上下にずらしエスマークを象った。



「ローマ字表記のセイ(SEI)のSと、紗南(SANA)のS。きっと、このマークなら誰にも2人の共通のサインだってバレないだろ?」

「セイくんはニックネームだけど、2人ともローマ字の頭文字がSなんだね」


「遠くにいてもメッセージを届ける事が出来たら、離れててもきっと繋がり合える。だから、このSマークは2人の間だけの特別なサインにしよう」



  セイはそう言うと、アイドルらしき笑顔でニカッと笑った。
  紗南は口を固く結ぶと小さくコクンと頷く。

  すると、セイは眠たそうに大きなあくびを1つ。



「ふぁ~~ぁ。紗南はあったかくて抱き心地いい」



  睡眠不足と蓄積している疲労により急激に眠気に襲われたセイは瞼をゆっくり閉じた。



「ねぇ。子守唄に《For you》歌って」

「セイくんっ!  のんびり子守唄なんて歌ってたら、杉田先生が保健室に戻ってきちゃうよ」


「2分だけでいいから」

「ダメ!」


「……じゃあ、1分」

「えっ……えぇっ……。もう、しょうがないなぁ。じゃあ1分だけ。コホン……」



  渋々意見を飲み、咳払いを1つ。
  正直、時間がなくて気乗りしなかったけど、お願いされてしまうと聞き入れてしまう自分がいる。



「サンキュ」

「絡み合った指先と~♪  二人見つめ合った笑顔と~♪」



  耳障りの良い歌声に包まれたセイはゆっくり目を瞑る。
  そして、紗南はセイの腕枕で小さく歌う。

  この曲は2人が通っていた声楽教室の講師が作詞作曲したもので、世に出回らないマイナーな曲。
  それに、2人の特別な思い出の曲でもある。

  約6年ぶりに再会した2人を再び繋ぎ合わせたのも、この《For you》だ。


  こうして私達は、友達の話や、家族の話や、身の回りの話など後回しにしたくなるくらい、短い時間の中で恋を楽しんでいた。
  お互いの情報は、生年月日と血液型と携帯番号程度しか知らない。
  でも、これからゆっくり時間をかけて知っていけばいい。


  つい先日、ツーショット写真は撮らないと約束した。
  理由はどちらかがスマホを紛失したり、なりすましで個人情報が抜かれしまったら、2人の画像がスキャンダル画像として拡散されてしまう恐れがあるから。

  だから、幸せなひと時は瞼の奥にしっかり焼き付けておく。

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