34 / 60
第六章
33.椅子に座っていた人物
しおりを挟むセイは視聴覚室に到着して後方扉に手をかけて中に入ると、そこには先客が居る。
一瞬、胸がドキッとした。
授業開始の25分前で視聴覚室周辺は静かだったし、ジュンが遅れて来る事がわかっていたから無人だと思っていた。
先客は紺色のブレザーを着た髪の短い女子生徒。
三列並んでいる中央座席のど真ん中でスクリーン側を向いて座っている。
俺には後ろ姿を見ただけで誰だか判明した。
「紗南……? どうしてここに」
心臓が止まりそうなほど驚いた。
連絡手段が途絶えて打つ手もないままだったし、約束すらしていない紗南がそこに居たから。
紗南は到着に気付くと、セイの方へゆっくりと振り向いて今にも泣き出しそうな雰囲気のまま微笑んだ。
セイはおよそ2週間ぶりの紗南を目にすると、信じられない気持ちで胸いっぱいに。
最近はテレビの街頭インタビュー映像を見て、好きな時に好きなだけ会えるカップルを羨ましく思っていた。
街中で恋人と一緒に笑ってる姿も、今の自分には夢のまた夢。
目まぐるしい忙しさに阻まれている中、予想外の天使登場に思わず心が弾んだ。
嬉しかった。
出国前日の今日というチャンスを逃したら、次はいつ会えるかわからなかったから。
「セイくん、久しぶり」
音信不通だったにも関わらず、紗南は何事もなかったかのような口調で言う。
セイは嬉しい気持ちが先走っていたせいか、僅かな変化に気付かない。
「どうして視聴覚室に?」
「2人で話がしたかったから視聴覚室に呼び出してもらったの。私は西校舎に入る事が出来ないから」
「紗南はジュンと知り合いじゃないだろ? 一体どうやってコンタクトを取ったの?」
「………」
紗南は無言を貫く。
次第に表情は崩れていき、口元を震わせながら微笑む。
セイはその様子を見て引っ掛かかったが、願ってもないチャンスが舞い込んできたからこそ、無駄にはしたくなかった。
軽く辺りを見回して2人でいる姿を誰にも目撃されないように警戒深く後方扉を閉じた。
机の間を通り抜けて紗南の隣に移動すると、首を傾けて顔を覗き込んだ。
2人がここまで接近するのは、保健室のベッドで抱き合ったあの日以来のこと。
2人は隣に並んで座っていても、ブレザーの色が違う。
普通科の紗南は紺のブレザー。
そして、芸能科のセイはベージュのブレザー。
20センチほど離れている肩と肩の間は、まるで両科の境界線のよう。
「細かい事は別にいっか。紗南に会えただけでも嬉しいし」
セイは浮かれ気味に気持ちを吐き出すと、紗南は表情を見ぬままコクンと頷く。
すると、セイは心の中に留めていた話を伝える事に。
「俺、いま紗南に伝えなきゃいけない話があって。今日までずっと言わなきゃなって……」
「うん、なぁに?」
そう言って向けてきた彼女の瞳の中には、自分の顔が映し出されている。
「先週、一斉に報道が出たからさすがに知ってるかもしれないけど。留学日程が早まって、明日日本を発つ事になった」
「……うん。知ってる」
「出発日が半月も早まったのに伝えるのが今になってごめん」
セイは申し訳なさそうに頭を下げる。
紗南は鼻頭を赤く染めて唇を強く噛み締めながら首を横に振った。
「それと、この前急にスマホが壊れたから、新しいのに変えたんだ。だから、最近連絡出来なくてごめん」
セイは事実を語らないどころか咄嗟に嘘をついた。
勿論、嘘をついたのは紗南を傷付けない為。
だが、紗南は嘘に反応すると目を大きく開いた。
「……だから、もう一度電話番号を教えてもらってもいいかな。アメリカに到着したらすぐに連絡したいし」
セイはポケットの中から新しいスマホを取り出して、番号を教えてもらう前提で電話帳アプリを開いた。
内心ホッとしていた。
短時間で伝えたい事を伝えたし、肝心な電話番号の件まで話を持っていけたから。
一方の紗南は複雑な心境だった。
真実を知っている分、決して誤魔化されない自分がそこにいる。
紗南は下を向いて、テーブルの下で作った拳をギュッと握りしめた。
「私の電話番号は…⋯⋯」
「うん」
セイは頷いた後、右人差し指をスマホ画面に向けた。
「教え……られない」
「えっ……」
セイは予想外の返答に指先がピクッと揺れた。
一瞬聞き間違いかと思い紗南へ目線を向ける。
すると、再び口は開かれた。
「セイくん」
「ん……?」
「私達、別れよっか」
セイは耳を疑うような展開に言葉を失わせる。
0
あなたにおすすめの小説
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』
鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、
仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。
厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議――
最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。
だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、
結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。
そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、
次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。
同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。
数々の試練が二人を襲うが――
蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、
結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。
そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、
秘書と社長の関係を静かに越えていく。
「これからの人生も、そばで支えてほしい。」
それは、彼が初めて見せた弱さであり、
結衣だけに向けた真剣な想いだった。
秘書として。
一人の女性として。
結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。
仕事も恋も全力で駆け抜ける、
“冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
隣人はクールな同期でした。
氷萌
恋愛
それなりに有名な出版会社に入社して早6年。
30歳を前にして
未婚で恋人もいないけれど。
マンションの隣に住む同期の男と
酒を酌み交わす日々。
心許すアイツとは
”同期以上、恋人未満―――”
1度は愛した元カレと再会し心を搔き乱され
恋敵の幼馴染には刃を向けられる。
広報部所属
●七星 セツナ●-Setuna Nanase-(29歳)
編集部所属 副編集長
●煌月 ジン●-Jin Kouduki-(29歳)
本当に好きな人は…誰?
己の気持ちに向き合う最後の恋。
“ただの恋愛物語”ってだけじゃない
命と、人との
向き合うという事。
現実に、なさそうな
だけどちょっとあり得るかもしれない
複雑に絡み合う人間模様を描いた
等身大のラブストーリー。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
あの日、幼稚園児を助けたけど、歳の差があり過ぎてその子が俺の運命の人になるなんて気付くはずがない。
NOV
恋愛
俺の名前は鎌田亮二、18歳の普通の高校3年生だ。
中学1年の夏休みに俺は小さい頃から片思いをしている幼馴染や友人達と遊園地に遊びに来ていた。
しかし俺の目の前で大きなぬいぐるみを持った女の子が泣いていたので俺は迷子だと思いその子に声をかける。そして流れで俺は女の子の手を引きながら案内所まで連れて行く事になった。
助けた女の子の名前は『カナちゃん』といって、とても可愛らしい女の子だ。
無事に両親にカナちゃんを引き合わす事ができた俺は安心して友人達の所へ戻ろうとしたが、別れ間際にカナちゃんが俺の太ももに抱き着いてきた。そしてカナちゃんは大切なぬいぐるみを俺にくれたんだ。
だから俺もお返しに小学生の頃からリュックにつけている小さなペンギンのぬいぐるみを外してカナちゃんに手渡した。
この時、お互いの名前を忘れないようにぬいぐるみの呼び名を『カナちゃん』『りょうくん』と呼ぶ約束をして別れるのだった。
この時の俺はカナちゃんとはたまたま出会い、そしてたまたま助けただけで、もう二度とカナちゃんと会う事は無いだろうと思っていたんだ。だから当然、カナちゃんの事を運命の人だなんて思うはずもない。それにカナちゃんの初恋の相手が俺でずっと想ってくれていたなんて考えたことも無かった……
7歳差の恋、共に大人へと成長していく二人に奇跡は起こるのか?
NOVがおおくりする『タイムリープ&純愛作品第三弾(三部作完結編)』今ここに感動のラブストーリーが始まる。
※この作品だけを読まれても普通に面白いです。
関連小説【初恋の先生と結婚する為に幼稚園児からやり直すことになった俺】
【幼馴染の彼に好きって伝える為、幼稚園児からやり直す私】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる