プラトニック ラブ

伊咲 汐恩

文字の大きさ
33 / 60
第六章

32.最終日の学校

しおりを挟む



  ーー今日は留学出発日の前日。

  俺は明日午後便の飛行機で日本を発つ。
  これは、将来に向けて息の長い歌手生命を送る為に自分達の意思で決断した長旅だ。
  必要最低限の荷物は宅配便で送った。
  あとは必需品を持って明日飛行機に搭乗するだけ。

  学校に登校するのは今日で最後に。
  留学が決まってから今日まであっという間だった。


  通常よりも30分ほど早めに登校していたセイは、廊下側に設置されているロッカーの中の荷物をスポーツバッグに詰め込んでいた。
  すると、しゃがんでいるセイの隣に大きな人影が映し出される。
  セイは気配に気付いて人影へと顔を見上げた。



「ウィっす。今日で学校最後だな」



  隣のクラスに在籍しているジュンは、明るい声を降り注がせた。



「もう荷物をまとめ終わったの?」

「いいや、まだこれから」


「今日は12時からホテルで記者会見だから、時間があるうちに荷物をまとめろよ。後で先生達への挨拶もしなきゃいけないし」

「そんなに焦るなって。俺は最後の学生生活をもう少しだけ堪能してから荷物をまとめるよ」


「はぁ?  学校にはあと数時間程度しか居ないのに、ギリギリになって学生生活を堪能かよ」



  セイは呑気なジュンに呆れると、再びロッカーの中に手を突っ込んだ。
  すると、身体を屈ませたジュンはセイの耳元までググッと顔を近付ける。



「あのさ、これからお前に大事な話があるんだけど」

「なんだよ、いきなりかしこまっちゃって」


「いいから。ここじゃなんだから視聴覚室で話そう」

「話ならここで今すればいいのに。毎日お前と一緒にいるのに、どうしてわざわざ視聴覚室に?」


「……まぁいいや。俺はあとから視聴覚室に向かうから先に行ってて」

「はぁっ?  自分から話をふっかけといて、どうして俺が先に?  いま一緒に行けばいいのに」


「いいから!  俺は5分後に行くから。まずは最後の学校を思う存分堪能しなきゃいけないからな。じゃ、後で」



  ジュンは押し付けがましくそう伝えると、背中を向けて去って行った。

  ジュンとは5年の付き合いになるが、このように考えが読めない時がある。
  だから、この時は急に視聴覚室に呼び出してきた理由を深く考えなかった。

  セイは荷物の整理を終わらせると、ジュンに言われた通り視聴覚室へ向かう。
  2年生の教室から階段を使って1階に下りて東校舎に向かう為に職員室の中を通る。

  すると、セイの存在に気付いた職員達は順々と引き止めて最後に心強いエールを送った。



「留学頑張ってこいよ。日本で応援してるからな」

「体調を崩さないようにね。貴方ならきっと向こうの生活にもすぐに慣れると思うわ」

「辛くても苦しくてもしっかり頑張って来てね。パワーアップして戻って来るのを今から楽しみにしてるからね」



  職員達から応援の言葉を受け取る度に感銘を受ける。
  留学がより一層現実味帯びてくると、胸から熱いものがじわじわと込み上げてきた。


  職員室を通り抜けて東校舎に入ると、右側には校長室があって、左側にはいつもお世話になっている保健室がある。
  セイは最後の望みをかけて後で保健室に行こうとしていたが、日頃から何かと世話になっていた養護教諭にゆっくり挨拶がしたくなったので先に寄る事にした。



「失礼しまーす」



  セイは保健室の扉の奥から顔をひょこっと覗かせると、養護教諭は普段通りの笑顔で迎えた。



「授業はこれから?  もう最後の授業でしょう」

「あ、はい。ひょっとしたら後でまた寄るかもしれないけど、時間がある時にちゃんとした挨拶をしたいなと思って」


「わざわざ悪いわね」

「いえ……。杉田先生、今日までお世話になりました」



  2年間、毎日のように通った保健室。
  先生は多忙な俺の身体を労って可能な限り休ませてくれた。
  無理をさせないのが先生の方針。
  足音1つすらたてず、他の生徒が入室しても
内緒話に近いくらいの小声で対応していた。

  セイは感謝の言葉を伝えて深々と頭を下げると、養護教諭は寂しさのあまり瞳に涙をうっすら浮かべる。



「今日で最後なんだね。もう二度とセイが保健室に来なくなると思うと寂しいわ」

「ははっ。また2年後に遊びに来ます」


「うん、待ってる。アメリカに行っても貴方らしさを捨てずに頑張って」

「ありがとうございます。……それじゃ」



  軽く一礼をしたセイが部屋を出ようとして背中を向けた瞬間、養護教諭はふと紗南の顔が思い浮かぶ。



「セイっ!」

「ん?  あ、はい」



  扉の向こうへと一歩足を踏み出したセイだが、不意を突かれて思わず素っ頓狂な声に。
  しかし、養護教諭は自分が出る幕ではないと思って口を結んだ。



「……ううん、何でもない。元気でね」



  養護教諭は2人の交際を知ってるだけに、最近2人揃って保健室に姿を現していない事がとても気になっていた。



「はい……、では」



  セイは頭を下げて保健室の扉を閉めると、2つ隣にある視聴覚室の方へ足を進めた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

黒に染まった華を摘む

馬場 蓮実
青春
夏の終わりに転校してきたのは、忘れられない初恋の相手だった——。 高須明希は、人生で“二番目”に好きになった相手——河西栞に密かに想いを寄せている。 「夏休み明けの初日。この席替えで、彼女との距離を縮めたい。話すきっかけがほしい——」 そんな願いを胸に登校したその朝、クラスに一人の転校生がやってくる。 彼女の名は、立石麻美。 昔の面影を残しながらも、まるで別人のような気配をまとう彼女は——明希にとって、忘れられない“初恋の人”だった。 この再会が、静かだった日常に波紋を広げていく。 その日の放課後。 明希は、"性の衝動"に溺れる自身の姿を、麻美に見られてしまう——。 塞がっていた何かが、ゆっくりと崩れはじめる。 そして鬱屈した青春は、想像もしていなかった熱と痛みを帯びて動き出す。 すべてに触れたとき、 明希は何を守り、何を選ぶのか。 光と影が交錯する、“遅れてきた”ひと夏の物語。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

【完結】イケメンが邪魔して本命に告白できません

竹柏凪紗
青春
高校の入学式、芸能コースに通うアイドルでイケメンの如月風磨が普通科で目立たない最上碧衣の教室にやってきた。女子たちがキャーキャー騒ぐなか、風磨は碧衣の肩を抱き寄せ「お前、今日から俺の女な」と宣言する。その真意とウソつきたちによって複雑になっていく2人の結末とは──

降っても晴れても

凛子
恋愛
もう、限界なんです……

小さい頃「お嫁さんになる!」と妹系の幼馴染みに言われて、彼女は今もその気でいる!

竜ヶ崎彰
恋愛
「いい加減大人の階段上ってくれ!!」 俺、天道涼太には1つ年下の可愛い幼馴染みがいる。 彼女の名前は下野ルカ。 幼少の頃から俺にベッタリでかつては将来"俺のお嫁さんになる!"なんて事も言っていた。 俺ももう高校生になったと同時にルカは中学3年生。 だけど、ルカはまだ俺のお嫁さんになる!と言っている! 堅物真面目少年と妹系ゆるふわ天然少女による拗らせ系ラブコメ開幕!!

処理中です...