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第六章
32.最終日の学校
しおりを挟むーー今日は留学出発日の前日。
俺は明日午後便の飛行機で日本を発つ。
これは、将来に向けて息の長い歌手生命を送る為に自分達の意思で決断した長旅だ。
必要最低限の荷物は宅配便で送った。
あとは必需品を持って明日飛行機に搭乗するだけ。
学校に登校するのは今日で最後に。
留学が決まってから今日まであっという間だった。
通常よりも30分ほど早めに登校していたセイは、廊下側に設置されているロッカーの中の荷物をスポーツバッグに詰め込んでいた。
すると、しゃがんでいるセイの隣に大きな人影が映し出される。
セイは気配に気付いて人影へと顔を見上げた。
「ウィっす。今日で学校最後だな」
隣のクラスに在籍しているジュンは、明るい声を降り注がせた。
「もう荷物をまとめ終わったの?」
「いいや、まだこれから」
「今日は12時からホテルで記者会見だから、時間があるうちに荷物をまとめろよ。後で先生達への挨拶もしなきゃいけないし」
「そんなに焦るなって。俺は最後の学生生活をもう少しだけ堪能してから荷物をまとめるよ」
「はぁ? 学校にはあと数時間程度しか居ないのに、ギリギリになって学生生活を堪能かよ」
セイは呑気なジュンに呆れると、再びロッカーの中に手を突っ込んだ。
すると、身体を屈ませたジュンはセイの耳元までググッと顔を近付ける。
「あのさ、これからお前に大事な話があるんだけど」
「なんだよ、いきなりかしこまっちゃって」
「いいから。ここじゃなんだから視聴覚室で話そう」
「話ならここで今すればいいのに。毎日お前と一緒にいるのに、どうしてわざわざ視聴覚室に?」
「……まぁいいや。俺はあとから視聴覚室に向かうから先に行ってて」
「はぁっ? 自分から話をふっかけといて、どうして俺が先に? いま一緒に行けばいいのに」
「いいから! 俺は5分後に行くから。まずは最後の学校を思う存分堪能しなきゃいけないからな。じゃ、後で」
ジュンは押し付けがましくそう伝えると、背中を向けて去って行った。
ジュンとは5年の付き合いになるが、このように考えが読めない時がある。
だから、この時は急に視聴覚室に呼び出してきた理由を深く考えなかった。
セイは荷物の整理を終わらせると、ジュンに言われた通り視聴覚室へ向かう。
2年生の教室から階段を使って1階に下りて東校舎に向かう為に職員室の中を通る。
すると、セイの存在に気付いた職員達は順々と引き止めて最後に心強いエールを送った。
「留学頑張ってこいよ。日本で応援してるからな」
「体調を崩さないようにね。貴方ならきっと向こうの生活にもすぐに慣れると思うわ」
「辛くても苦しくてもしっかり頑張って来てね。パワーアップして戻って来るのを今から楽しみにしてるからね」
職員達から応援の言葉を受け取る度に感銘を受ける。
留学がより一層現実味帯びてくると、胸から熱いものがじわじわと込み上げてきた。
職員室を通り抜けて東校舎に入ると、右側には校長室があって、左側にはいつもお世話になっている保健室がある。
セイは最後の望みをかけて後で保健室に行こうとしていたが、日頃から何かと世話になっていた養護教諭にゆっくり挨拶がしたくなったので先に寄る事にした。
「失礼しまーす」
セイは保健室の扉の奥から顔をひょこっと覗かせると、養護教諭は普段通りの笑顔で迎えた。
「授業はこれから? もう最後の授業でしょう」
「あ、はい。ひょっとしたら後でまた寄るかもしれないけど、時間がある時にちゃんとした挨拶をしたいなと思って」
「わざわざ悪いわね」
「いえ……。杉田先生、今日までお世話になりました」
2年間、毎日のように通った保健室。
先生は多忙な俺の身体を労って可能な限り休ませてくれた。
無理をさせないのが先生の方針。
足音1つすらたてず、他の生徒が入室しても
内緒話に近いくらいの小声で対応していた。
セイは感謝の言葉を伝えて深々と頭を下げると、養護教諭は寂しさのあまり瞳に涙をうっすら浮かべる。
「今日で最後なんだね。もう二度とセイが保健室に来なくなると思うと寂しいわ」
「ははっ。また2年後に遊びに来ます」
「うん、待ってる。アメリカに行っても貴方らしさを捨てずに頑張って」
「ありがとうございます。……それじゃ」
軽く一礼をしたセイが部屋を出ようとして背中を向けた瞬間、養護教諭はふと紗南の顔が思い浮かぶ。
「セイっ!」
「ん? あ、はい」
扉の向こうへと一歩足を踏み出したセイだが、不意を突かれて思わず素っ頓狂な声に。
しかし、養護教諭は自分が出る幕ではないと思って口を結んだ。
「……ううん、何でもない。元気でね」
養護教諭は2人の交際を知ってるだけに、最近2人揃って保健室に姿を現していない事がとても気になっていた。
「はい……、では」
セイは頭を下げて保健室の扉を閉めると、2つ隣にある視聴覚室の方へ足を進めた。
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