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第七章
39.境界線
しおりを挟む2人で小競り合いをしながら歩いていると、両科の境界線とされている視聴覚室の端まで辿り着いた。
視聴覚室と普通科の1年生の教室前に引かれている横1本の白線が両科の境界線だ。
当然、この先に足を踏み入れた事がない。
この先には、一体どんな活気や情熱や青春が詰め込まれているのだろうか。
ジュンは白線を直視して一瞬躊躇いを見せたが、セイはものともせずに境界線を乗り越えた。
1本の白線。
両科にとって深い意味を持つが、誰が監視してる訳でもない。
白線の向こうに行こうと思えばいつでも行ける場所だった。
ただ、この先に足を踏み入る事は禁じられているから、芸能科の生徒にとってはここからは禁断の地。
それを従順に守り続けているのは、単に普通科の生徒に無関心なだけ。
しかし、逆パターンの場合は男女関係なく厳罰が科される。
普通科の生徒が西校舎に侵入した場合。
該当者の三者面談。
10枚以上の反省文。
3ヶ月間共有スペースの使用禁止。
教師による半年間の特別監視強化。
当然、保健室も利用禁止。
怪我や病気の場合は、生徒指導室に場所を変えて養護教諭が出張に行くとか。
このように、本校は差別社会の見本とも言えるほど利益重視だ。
各学年3クラスで編成されている芸能科の校舎とは違い、普通科は6クラスで編成されている。
その為、東校舎は西校舎と比べると3倍ほど校舎が広くて廊下が長い。
保健室は毎日のように出入りしてたけど、今まで東校舎内をじっくり見る事がなかった。
でも、ゆっくり見回してみると……。
手垢や埃や汚れで灰色にくすんだ壁の色。
ヒビ跡だらけの痛んだ床。
漂ってくるカビ臭。
それに加えて、廊下に設置されているネズミ色の鍵付きロッカーは、傷が無数に刻まれている。
全体的に年季が入った東校舎を見渡すと、先程まで在籍していた芸能科とは別世界のよう。
西校舎は後に増設されたのか、明るくて清潔感に溢れている。
メディアで母校をとり上げてられも恥ずかしくないように建前重視で建設したのかもしれない。
きっと、生徒の殆どが両校舎に歴然の差がある事を知らぬまま卒業して行くだろう。
この事実を知ってるのは、きっと教師と一部の学校関係者のみ。
セイは普通科の教室の入り口に掲げられているプレートを見て1年生の教室だと確認する。
視聴覚室の先には1年生の教室が2つ並び、その奥は階段で、更に奥は下駄箱。
どうやら、2年生はこのフロアじゃなさそうだから2階に上がろう。
紗南のクラスがわからないから、階段を上がったら、1クラスずつプレートを確認しないと。
毎週会えていたあの頃に情報を聞き出していればここまで苦労しなかった。
恋を楽しむのに夢中なあの頃の考えは、全てを失った今は仇となっている。
授業中の静かな廊下には、セイとジュンの足音と小声で言い争う声が響いていた。
進学を目指して高い集中力で勉学に励んでいる普通科の生徒だが、静寂に包まれている廊下に足音が響くだけでも気が散ってしまう。
すると、気配につられるようによそ見をした女子生徒が、廊下側の小窓からベージュのブレザーを着た2人が通り過ぎる姿を目撃した瞬間、意識を持って行かれてしまったかのように椅子音を立てて立ち上がった。
ゆっくり上げた右手人差し指は、芸能人オーラを放っている2人へと方向を定めた。
「KGK! ねぇ、みんなー。廊下にKGKが歩いてる!」
叫ぶのも無理はない。
普段はテレビでしかお目見えしない2人を目撃した途端、口が勝手に開いてしまっただけ。
勿論、KGKと連呼した彼女に悪意はない。
反応した生徒達に妙な一体感が生まれたその瞬間、目線は一斉に廊下へ。
普通科の生徒に発覚された瞬間、ジュンは動揺するが、セイは物応じせぬまま階段を目指している。
生徒達は予期せぬ朗報が舞い込むと、まるで我を忘れてしまったかのように廊下へなだれ込んでいき、授業中という意識が薄れて層を描くようにKGKを取り囲んでいく。
現場は騒然とした。
芸能界で活躍しているKGKはまるで雲の上のような存在。
ファンやミーハーじゃなくても、人気芸能人がいま自分達の目の前にいるというだけで興奮状態に陥る。
中にはKGKに会えた嬉しさにより涙を流す者や、背筋がゾクゾクしてしまうほど高揚感に溢れる者もいる。
たった一度の望みに託して境界線を超えたセイと同じく、吉報が舞い込んで来た生徒達にとっても前代未聞のチャンスは一度きりしかない。
教室の扉からわんさか溢れて来る女子生徒達の波によって、セイとジュンは廊下の隅へと追いやられていく。
そして、あっという間に台風のような円が描かれた。
「セイーーっ!!」
「ジュンーー!!
「嘘ーっ! 本物?」
「カッコイイーーー!」
鳴り止まぬ大きな歓声はライブ会場のよう。
接近しすぎて思わず耳を塞ぎたくなる。
吸い付くように憧れを抱く熱いハートの目線。
まるでラッシュアワーのようにぎゅうぎゅうと身体が押される。
普段ならマネージャーや関係者が間に割って入ってくれるのだが、今は身を守る者がいない。
正面・横・斜めと、四方八方から手が伸びて制服が触られ放題でもジッと耐える。
こんな緊急時ですら良いイメージを残しておきたいと思うのは、この先に上り詰めたいと思う精神が残っているから。
「お前達~! 授業中だぞ。教室の中に戻れぇぇぇ」
男性教師は廊下に足を一歩踏み出して人混みの中へと叫ぶ。
だが、KGKに夢中な生徒達の耳に届いていない。
異変に気付いた隣の教室からも生徒が湧き出る始末に。
次第に2人を中心として描いた円は、3重4重にもなってより一層厚みが増していった。
思わぬ緊急事態に教師達は頭を抱える。
1人の教師が常駐警備員の力を借りようと思って職員室へ向かった。
完全に包囲されてしまったセイ達は思うように身動きが取れず、磁石のようにくっついてくる生徒達は行く手を阻む。
セイは「ごめん、通して」と、生徒達の隙間に足を進ませて、1年生の教室の奥にある階段を上り始めた。
階段に差し掛かると、生徒達の甲高い声は更に響かせて上階へと吹き抜けていく。
これは、迷惑という二文字で片付く問題ではない。
無数の山々に視界が阻まれる。
それでも、声の隙間をぬって紗南の元へ目掛けた。
一方、ジュンは予想通りの展開を迎えて先行く不安を感じると、差し迫った表情でセイの腕を引き寄せた。
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