プラトニック ラブ

風音

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第八章

44.今日まで積み上げてきたもの

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  退学日当日に騒動を起こして職員室でこっ酷く叱られたKGKの2人は、警備員に見届けられながら校舎を後にした。
  2年間通い詰めた学校なのに、こんな形で追い出されるなんて不甲斐ない。
  高校生活の最後くらいは、誰もが温かい笑顔に包まれて校門を潜りたいと思うだろう。



「話をしよう」



  先行くジュンの背中は怒っていた。
  セイに忠告し続けていたにも関わらず、聞き入れてもらえなかったのだから。

  ジュンは校舎から離れて西門より北側に位置する茂みの中で足を止めた。
  ここは、校舎からも側面している道路からも死角となっている場所。



「冴木さんを待たせたくないから手短に言う」

「……」


「どうして俺の忠告を聞き入れなかった。結果がこうなる事くらい少し考えればわかるだろ」

「今日中に決着をつけたかったから」


「今日は学生生活最後だから、派手な騒ぎをやらかさないで後で電話すればいいだろ。少しは頭を働かせよ」

「俺のスマホは先日冴木さんに没収された。今使ってるスマホも明日には返却しないと」


「え……。スマホ没収ってマジかよ」



  ジュンは驚きざまに振り返る。
  つい先日、冴木にファイナルステージとなる視聴覚室にセイを呼び出すように頼まれていたが、スマホを没収する段階まで用意周到だったと知ると背中がゾッとした。



「だから、あれしか手段がなかった。明日には日本を離れるのに彼女の口から別れたいだなんて言われたら、思い残しのないように何とかしたいって思うのが普通だろ」



  現実を受け入れ難いセイは瞳の輝きを失わせていた。
  ジュンはスラックスのポケットに両手を入れて呆れたようにフッと笑った。



「お前さぁ、そんなに紗南が好きなの?」

「当たり前だろ。茶化してんじゃねーよ」


「全てを丸投げしてまで彼女んトコに行っちゃうお前が正直羨ましいよ」

「どうして?」


「俺にはそこまで好きになった女がいないから。今までお前の気持ちが理解出来なかったのは、真剣に恋愛してこなかった証拠かもな」

「ジュン……」



  遠くを見つめるジュンの瞳は寂しそうだった。
  彼とはほぼ毎日一緒にいるが、内面的な事に関しては案外知らない。



「でもさぁ、どうしてそんなに焦ってんの?  周りが全く見えなくなっちゃうくらい、紗南・紗南・紗南でさ」

「急に別れ話をされた上に、明日から2年間留学するからに決まってるだろ」


「彼女との恋愛に自信がないの?」

「いや……、留学が決まった途端、全てが右肩下がりで。それに、丸2年間あいつの傍に居てやれないから」



  毎日が不安だらけだった。
  特にここ最近は。
  突然前倒しになった留学。
  それに、同じクラスの一橋の兄が紗南に気があるという事。

  日本に残していく紗南への心配に加えて迫り来る渡米へのフィナーレは、留学日前日に告げられた別れの言葉。
  しかも、それが本意ではないと知ったら⋯⋯。
  俺は、まるで不安材料がミキサーにかけられてしまったかのようぐちゃぐちゃになっていた。

  するとジュンは、突然何かが舞い降りてきたかのようにキリッとした眼差しを向けた。



「今のお前は自分の事しか考えてないな」

「……え、俺?」


「紗南がどうして別れようと思ったのか少しは考えたの?」


「考えるには時間が足りなかったし」



  思い返せば、今朝別れを告げられてから心に余裕がなくなってこの世の終わりと思うくらい気が動転していた。
  でも、本当は何も出来なかった自分への言い訳に過ぎない。



「だろ。それに、もしお互い本気で恋愛してるなら、第三者にどうこう言われたとしても関係なくね?」



  ジュンの言う通り。
  俺は自分の事で頭がいっぱいだった。
  紗南がどうして手の平を返したかのように突然別れたいって言ってきたのか考えもしなかった。

  ジュンは落ち着きを取り戻したタイミングを見計らって、話を本題へと引っ張り戻す。



「さっき言ってた第三者ってのは、冴木さんの事?」

「あぁ」


「確かに冴木さんは彼女を別れさせようとしたり、スマホを没収したり。部外者の俺から見てもやり過ぎだなって思う。ま、俺がお前の立場だったら絶対耐えられないけどね~」

「だろーな」


「でもさ、俺らに人生を捧げてきた冴木さんが、どうして汚い手を使ってまで彼女との間を引き裂こうとしていたか考えてみた?」

「それは、留学があるから」


「理由は本当にそれだけだと思う?」

「どーゆー事?」


「留学が理由なら別れる必要なくない?  どうせ、彼女とは2年間離れ離れになるんだから」

「じゃあ、事務所の規約で恋愛禁止だから?」


「それもあると思うけど、俺には別の理由もあると思う」

「例えばどんな?」


「さぁね。でも、冴木さんは時々寂しそうな目でお前を見ていたから、何か別の想いがあったんじゃないかな」



  マネジメントの仕事を頑張ってくれていたいいイメージが、今は紗南との間を引き裂こうとしていた悪いイメージに飲み込まれている。
  でも、冴木さんが嫌いな訳じゃない。
  彼女が居てこその今があるから。

  だけど、意図的に紗南を遠ざけようとした事に関しては、誰に何を言われても許せそうにない。



「まぁまぁ、そうやって神経尖らすなって。冴木さんや彼女がどうしてこのような決断を下したのか、これから時間をかけてゆっくり考えてみない?」

「それって、紗南との別れを受け入れろって事?」


「あぁ、そうだ。今回は……な」

「今回って……。紗南の連絡先が手元にないし、次はいつ再会のチャンスが訪れるのわかんないのに」



  ジュンはわかっていない。
  俺がどれだけ後ろ髪引かれる思いをしてるかさえ。

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