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第八章
53.忘れた傘
しおりを挟むザクッ……ザクッ……ザクッ……
2年前まで通学時で見慣れていた景色は、白い雪に塗り固められている。
大雪警報が出ているせいか、人通りや車通りが極度に少ない。
静寂に包まれた街を鉛のような足取りで歩く。
靴底で感じる雪の層。
氷の上を歩いてるような冷たい感触が、足裏からじんじん伝わる。
頭には雪の帽子。
肩周りはうっすらとした白い雪のマフラーを巻いてるかのよう。
でも、冷たくて白い雪とは対照的に泣き腫らした赤い目は熱を帯びている。
傘、忘れた。
急いで校舎を飛び出したから学食のテーブルに掛けたまま。
普段ならこんなうっかりミスはしないのに。
足元の悪い道を無我夢中で走って。
恥ずかしげもなく駅で泣き崩れて。
呆然としたまま電車に乗った。
心と身体のバランスを保たせながら散々悩んだ挙句に辿り着いた場所。
ーーそこは、3年間通い詰めた青蘭高校。
ここは、芸能科の彼が厳しい校内ルールを破って、普通科の私に会いに来た唯一の思い出の場所。
ーー時刻は14時56分。
彼が日本に到着してから、およそ4時間経過。
私が母校に来た理由は、彼と会えそうな場所はここしかないから。
でも、よく考えてみたらここに彼が来る可能性は低い。
用もないのに中退した母校になんて来るはずがないから。
紗南は約2年振りに普通科の東門をくぐって昇降口から校舎へ上がった。
スリッパなど便利品は持ち合わせていないから冷たい床に足を落とすしかない。
古びた校舎は学生時代と変わらぬまま。
今日の校舎内はとても静かで人の話し声どころか物音1つすらしない。
早速廊下を歩くと、最初の並びにある1年生の教室の照明は全て落とされていた。
あ、そっか。
大雪警報が出ているから下校時刻を早めたか、休校措置をとったかどっちかだよね。
こんなに悪天候なのに生徒を校内に止まらせる訳ないか。
紗南はセイとの思い出が詰まった保健室に向かって扉をノックする。
「失礼します」
扉を開けて中にいる養護教諭に会釈した。
すると、養護教諭は懐かしい顔に驚く。
「あら……、福嶋さん? 雪で身体がびっしょりじゃない」
「ご無沙汰してます」
「寒かったでしょ。早く中に入って。いまタオルを出すからそこの椅子に座って」
紗南は椅子に向かう途中、窓際のベットの方に目を向けた。
すると、窓際のベッドのカーテンは閉ざされていた。
もしかしてと思って胸がドキドキしているが、念のため履物を確認する為にベッドの下へ視線を下ろした。
しかし、期待も虚しく床にはブルーカラーが入った上履きが揃えられている。
在学時から色を逆算すると、現在2年生の上履きという事が判明した。
生徒の上履きが置いてあるという事は、ベッドにいるのはセイくんじゃない。
もし、彼が母校に来てるのなら、きっと職員室で来賓用のスリッパを借りているはず。
紗南は淡い期待が打ち破られると、ベッドに視線を取られたまま回転椅子に座った。
養護教諭はタオルを手渡すと、泣き腫らした目とスリッパの履いていない足元に気付く。
「靴下のままじゃ冷たいでしょ。いま職員室から来賓用のスリッパ持ってくるから少し待ってて」
「いえっ、大丈夫です。それより、いま生徒さんが窓際のベッドに横になってるんですか」
「随分長い間、横になっているわ。だから、あまり大きな声は出せないの。……で、私に何か用でも?」
養護教諭は2年前と変わらない表情で向かいの事務椅子に腰を下ろす。
すると、紗南は安心したかのように固い表情を崩した。
「私、実は星マークの上履きの彼に恋をしていました。彼は幼馴染で昔から好きな人でした。本当は身体のどこも悪くないのに、彼に会いたいから仮病を使って保健室に入り浸っていました。先生に嘘をついててごめんなさい」
「……そう。それで?」
「ここで彼と恋愛してました。彼は忙しい人だから、ベッドの隣から声が聞こえるだけでも幸せで」
「うん……」
「でも、彼の留学が決まってから私の判断が迫られる事が多くなって。私が留学の足枷になっていたり、第三者に彼の人気度を思い知らされたり。自分は彼の為に何をしてあげれるのかなと考えたりもして。次第に自分が彼の人生の邪魔をしてるんじゃないかって思うようになって」
話を進めてるうちに、辛い過去がまるで昨日の出来事のように蘇ってきた。
「それで?」
「そう考えているうちに、彼と別れようと思いました」
「どうして?」
「彼が好きだったから」
「好きなのにどうして別れたの?」
「私が彼の一番のファンだったから」
俯きざまに髪で顔が隠れた紗南は膝に作った拳に涙をポタポタと零した。
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