プラトニック ラブ

伊咲 汐恩

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第九章

57.カミングアウト

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  感動的な気分が少し落ち着いて場の空気が和んだ頃、少し照れ臭そうな声が届いた。



「俺さぁ、『聞いちゃいけないな』と思ってたんだけどカミングアウトするわ」

「……え、何の話?」


「さっき、2人の会話を聞いちゃったんだよね。あはは、ごめん……」

「へっ?!」


「聞き耳を立てるつもりはなかったんだけど。お前ってさ、俺の一番のファンだったんだね」

「あっ……、そっそれは……」


「しかも、さっき飴が食べたいって言ったら、すんなり飴が出て来たし」

「飴がカバンの中に入っていたのは……、ぐ……偶然かな」



  セイには有利な展開が訪れるが、紗南には不都合な展開が訪れる。

  セイくんに会ったらいつでも飴が渡せるように、毎日持ち歩いてるって。
  思い出を大事にしてるから、いつも飴を舐めてるって。
  再会したら、勇気を出して告白出来るように、毎日少しずつ勇気を補充していたって素直に言えばいいのに。

  もう、私の意気地なし!



「それはどうかな?  それと、冴木さんって、昔は結構大胆だったんだね。侵入事件を起こした後、俺と同じく校長室に呼ばれてこっ酷く叱られたんだろうな。ははっ、かっけぇ~」



  気分が上々のセイは調子が乗っていく一方だが、先ほど延々と養護教諭に心内を語って知らぬ間に本心を曝け出していた紗南は、もう逃げも隠れも出来ない。

  セイくんがまさか保健室のベッドで待機してると思わなかったから、杉田先生に本音を丸出しにしてた。
  セイくんは揺るぎない気持ちを確信したから、私が告白してくる事を期待しているのかもしれない。

  紗南は額からは、尋常ではないほどの量の汗が湧き出る。



「紗南」

「………ハイ」



  キタ……。
  絶対絶命のピンチ。



「さっき、歌を口ずさむ前に《勇気の飴》食ってたよね。隣から飴袋を破る音が聞こえたから」

「あっ……、うん」


「飴を食ってたって事は、いま何か勇気を出したい事があるの?」

「……っ!」



  私から究極なひと言を引き出そうとしている、意地悪セイくんの暴走は止まらない。
  告白しようと決断したら、胸の中で恋のメロディが奏で始めた。

  トクン………  トクン………

  それは、暖かくて。
  柔らかくて。
  くすぐったくて。
  愛おしくて……。

  脈が暴走するほど緊張してるけど、勇気の飴が溶けて身体に勇気が染み込んでいるから、きっと大丈夫。
  チャンスは先にも後にも一度きり。
  2年前の自分にはもう戻らない。

  二度と後悔しないと決めたんだ。



「セイくん。今からそっちのカーテンを開けてもいい?」

「いいよ」



  紗南はベッドから立ち上がって隣のベッドのカーテン前に立った。
  セイは飴を右手に握りしめたまま起き上がって、ベッドに腰を落ち着かせて紗南の方を向いてカーテン下から両足を覗かせた。



「カーテン……、開けるよ」



  心の準備が整った。
  でも、たった1枚のカーテンを捲るだけなのに情けなく声が震えている。



「いいよ」



  セイのゴーサインが届くと、紗南は大きく息を飲んでゆっくりとカーテンを開けた。
  すると、そこには2年ぶりのセイの姿が。
  思わず感極まって鼻の奥がツンと刺激されるとまた泣きそうになった。
  でも、涙を堪えて我慢しないと大事な話が出来ないから、唇を強く噛み締めた。

  セイくんの姿を瞳に映したら、本当に戻って来たんだなと実感した。
  数時間前にテレビで見た通り、当時茶髪だった髪は金髪に。
  少し頬がほっそりしたように見えるのは、ダンスに打ち込んできた証拠なのだろうか。



「セイくん。本当に……久しぶり……」

「……だな」



  視線を合わせたセイは急に鼻声に。

  セイくんから届けられる恋する瞳に、思わず胸がキュンと高鳴る。
  この瞬間は、長く苦しんだ時間も忘れてしまうほど幸せに満ち溢れていた。



「境界線っていうのは簡単に乗り越えちゃいけないんだよ」

「わかってる。でも、あの時はお前に会って話がしたかった。だから、境界線を越えた事は後悔してない」


「留学を後押しする為に別れを告げたのに、セイくんったら私の気持ちを無視するんだもん」

「だって、別れたくなかったから」


「お陰で今日までずっと苦しかったんだから」

「じゃあ、今この瞬間からお前の苦しみを全て受け止めるよ」


「……っ」



  顎に向かって一直線に流れ落ちる紗南の涙は、まるでダイヤモンドのように光り輝いている。
  直接届けられたセイの本音は、まるで鋭利な矢先でハートの的を射抜くかのよう。

  ずっと待ち望んでいた返事が素直に受け取れる段階に達したら、もう我慢する必要がなくなった。
  彼の為にと思って踏み続けてきたブレーキは、もう踏む必要がない。



「本当はね、言いたい事は100個以上ある。でも、昔のようにすれ違いたくないから、今は最も大切な事だけを伝えたい」

「うん、聞かせて」



  紗南は膝に置いているセイの両手を取ると、セイは大きく瞬きをして顔を見上げる。
  ゴクリと息を飲み、想いを伝える準備が整うと、目線を合わせた。

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