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第一章

8.優しい咲

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「……さ……愛里紗」



  体育の授業中のバレーボールの出番待ちの最中。
  ボーッとしながら理玖の言葉を何度も思い返していると、体育館のコート脇で一緒に並んで座っている咲が、隣から何度も話しかけていた事に気付いた。



「ごめんごめん。ボーッとしていて話を聞いてなかった」

「今朝からなんか変だよ。学校に来てからずぅ~っと」



  咲は首を傾けながら、愛里紗の顔を心配そうに覗き込む。

  通学時に駅で理玖と遭遇してから何をしても気が逸れている。
  最後に伝えてきたひと言がどうしても気になって仕方ない。



「もしかして具合良くないの?」

「ううん、全然元気!  大丈夫」



  咲には元彼に再会した事を言わなかった。
  って言うより、言い出しにくかった。
  何故なら、理玖の話をまだ一度もした事がなかったから。
  それに、付き合っていたとはいえ咲みたいに恋と呼べるようなものじゃなかったし。


  朝の一件で気分が落ち込み気味で少し発散が必要だったから、気分転換を含めて言った。



「中間テストも近いし、今日一緒にうちでテスト勉強でもしない?」



  普段なら『うん、行く行く』と嬉しそうに返事をしてくる彼女は今日は表情がやや曇り気味に。



「……ごめん。実は今日図書館で彼と勉強をする約束をしていて」

「そっかそっか。急でゴメ……」



  と、言いかけた次の瞬間。

  バシッ……

  練習中のバレーボールが頭に直撃。
  ぶつかったと共に勢いよく後ろに倒れ込んだ。



「愛里紗っっ!!」

「ごめーん!  江東さん大丈夫ー?」



  ボールを取りに来た女子と咲は、倒れている愛里紗の安否を確認する為に上から顔を覗き込んだ。



「あたたっ……。う、うん。大丈夫……」



  目を開けると、そこには心配する二つの顔が。
  ボールが当たった直後は意識を失いかけたけど、何とか無事だった。
  頭を抑えてゆっくりと起き上がる。



「保健室に行かないと」

「そこまでじゃないから、大丈夫」

「一人で立てる?」


「うん、平気だよ」

「頭痛い?」


「ちょっとズキズキする」



  今日は何て日なの。
  はぁ……。



  その後も咲は心配してくれて楽しみにしていた彼とのデートをキャンセルして、私を自宅の最寄り駅まで送ってくれた。



「今日のデートをあれだけ楽しみにしていたのに……、ごめん」

「愛里紗の事も大好きだって言ったでしょ。忘れちゃったの?」


「彼、怒ってないかな?」

「うん、大丈夫。気にしないで」



  咲は優しい。
  自分の事を二の次にして私の身を案じてくれる。
  電車に乗ってる最中も『大丈夫?』とか『まだ痛む?』とか、心配の言葉を何度も届けてくれた。

  朝からデートを楽しみにしていた事を知っている分、余計申し訳ない。


  だから、咲の悪い噂を立てている一組の子の気が知れない。

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