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第一章

9.塾?!

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  ーー江東家は三人家族。
  父は地方の出張が多くて不在がち。
  その為、母と二人きりの時間が長くてほぼ母子家庭状態に。

  だから、一人っ子の自分にとって母は特別な存在。
  兄妹のようであり、父親役でもある。


  台所で夕飯の支度をしている母は、ソファに寝転んでバラエティー番組を見ている私に言った。



「愛里紗~。テスト勉強は進んでるの?」

「ちゃんとやってるって。……やだぁ、この芸人超ウケるんだけど。あはは」


「………」



  母は娘の将来を心配している自分とは対照的に、テレビを観て笑い飛ばしている娘のノーテンキな姿を見て言葉を失わせた。

  テスト前にも拘わらず危機感を持たない様子に不安を覚えると、ガステーブルの火を止めて隣接するリビングへと足を運ぶ。


  母は愛里紗の向かい側のソファに座ってリモコンでテレビの電源を落とすと、愛里紗はソファーから起き上がって不満の声を上げた。



「ちょっとー!  今いいところだったのに急にテレビを消さないでよ」

「愛里紗!」


「何よ……」



  愛里紗は反抗的な目を向けるが、母は呆れたように深い溜息をつく。



「一年生の頃の成績が良くなかったから先日お父さんと話し合ったんだけど……。中間テストの結果が伸びなかったら、塾に通ってもらうから」

「えっ……、塾?」



  塾って……。
  高校受験の時に週4で通ってたから、もうこりごりだと思っていたのに。



  愛里紗は次のテストが運命の鍵を握ると知ると、抵抗するようにプイっと顔を背けた。



「ヤダ、行かない!」

「塾に行きたくないならテレビばかり見てないで勉強しなさい」


「おかあ~さ~ん……」

「あんたはもう高二なんだから、大学受験を踏まえてもう少し真剣に考えないと。お母さんだってこんな事言いたくないの。普段からもう少し勉強してくれれば言わなくて済むんだけどね」



  母親はチクリと嫌味を届けると、作業途中だった台所へと戻る。



  将来……。
  夢……。
  まだ先の事はボンヤリしていて、やりたい事とかなりたいものとかわかんないな。

  だけど、着実に近付いてる将来。
  当然母の言い分はよくわかっている。

  なりたい職業とかやってみたい事があれば、勉強も本腰を入れるんだけど、まだ何も見つかっていないから何もかもが中途半端に。



  愛里紗は重い足取りで二階の自分の部屋へ戻り、ベッドにゴロンと寝そべった。
  昼間にボールが当たった頭部がほんのりと痛みながらも、近い将来の事を考えながら眠りについた。

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