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第二章
16.優越感
しおりを挟む少し遠慮がちに鳥居をくぐると、右前方には小さな池がある。
『何か生き物がいるかな』と思って、囲いの石にしゃがんで水面に顔が映る程度に覗き込んだ。
すると、中には十数匹の鯉がスイスイと気持ちよさそうに泳いでいて、時より水面に口をパクパクとさせながら顔を覗かせている。
その中でも仲良さそうに並んで泳いでいる二匹の親子と思われる鯉にふと目が止まった。
「あっ、赤ちゃんがいる!」
興奮で目を輝かせながらひとりごとを言った瞬間……。
「去年生まれたんだ」
背後から男子の声が降り注いだ。
驚いて丸い目のまま振り返ると、目線の先の彼に一瞬で目が釘付けに。
その理由は、学校で一目惚れしてしまった同じクラスのイケメンの彼だったから。
うそーーっ!
まさかこんな場所で会えるなんて。
穏やかだったテンションは彼の登場と共にマックスへ。
トクン……トクン……
恋のメロディを奏でている胸の鼓動。
やっぱり一目惚れに違いない。
教室で彼の顔はしっかり覚えたけど、それ以外の情報はまだ知らない。
声を聞いたのも今この瞬間が初めて。
「転校生の江東だよね。俺、谷崎って言うんだ」
無表情で現れた翔は軽く自己紹介をすると、鯉の餌を池に手慣れた様子でサーっとばら撒く。
鯉は浮かんだ餌を目掛けて一斉に群がり、バシャバシャ水しぶきを上げながら餌の奪い合いを始めた。
一目惚れしている愛里紗にとって、翔が鯉に餌をあげる姿や、生命力を剥き出しにしている鯉や、水面がキラキラと反射している輝きなど何もかもが美しく感じていた。
「俺は神社のおじいさんに頼まれて毎日鯉の餌やりをしに来てるんだ」
「そうなんだぁ」
「ここは小さな池だけどカメだっている。俺が唯一のお気に入りの場所だよ」
透き通った目をキラキラと輝かせながら自慢気に話している彼の横顔に、再び胸がトキめいた。
「ごめんね、邪魔しちゃったかなぁ……」
「いいよ。一緒に餌をあげる?」
「うんっ!」
愛里紗は餌を受け取ると、手前に群がってる鯉に餌やりを始めた。
こうして、日が落ちるまで二人だけの特別な時間を過ごした。
偶然とはいえ、教室で話しかける勇気がなかったから、この神社に来て良かった。
夕陽を浴びている愛里紗は鳥居の前に立つと、別れ際に言った。
「谷崎くん。またここに来てもいいかな?」
「もちろんいいけど……。これは二人だけの秘密だよ」
翔はそう言ってニコッと笑顔を向けた。
二人だけの秘密……。
その響きが自分が特別だという優越感に浸れて嬉しく思った。
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