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第二章
19.優しい彼
しおりを挟む「もしかして、誰かに隠されたの?」
「隠されたかどうかはわからない……。だけど、学校に来たら私の上履きだけがなくなっていて……」
愛里紗は声にならないくらい小さな声で精一杯返事をした。
すると、翔は履いている上履きを脱いで愛里紗の足に片足ずつ履かせた。
愛里紗は予想外の行動に驚く。
「これを履いていれば、少しは気分が落ちつくかもしれないから」
翔の優しさに触れた途端、頬に流れていた涙がピタリと止んだ。
先程まで翔が履いていた上履きの温もりが足のつま先までじんわり伝わった瞬間、情けなさと申し訳なさで胸いっぱいに。
翔は愛里紗の足に上履きを履かせ終えると怒りでワナワナと身を震わせながら、クラスメイトに向かって、まるで犯人に言い聞かせるかのように怒鳴り始めた。
「誰だよ、江東の上履き隠した奴は!」
教室内に声が響き渡ったと同時に緊迫感が生まれた。
先ほどまで騒々しかった教室内は、一気にシンと静まり返る。
普段から口数の少ない翔が感情を露わにすると、クラスメイトは不穏な空気に包まれた。
「犯人出て来いよ! 上履きを隠された江東の気持ちになってみろ! 江東がなんか嫌な事をしたのかよ! 早く上履きを返せよ!」
翔が顔を真っ赤にして感情を顕にしながら怒っていると……。
ガラッ……
「一体何があったの?」
廊下を歩いていた担任が翔の声に反応して、顔色を変えながら教室内へ入った。
教卓前に足を運ばせた担任に、クラスメイトが騒動の事情について説明する。
すると、それまで凍りついていた教室内は一旦落ち着きを取り戻した。
生徒達がパラパラと着席している間、担任は職員室から持って来たスリッパを愛里紗に渡した。
愛里紗は脱いだ上履きを翔に返して言った。
「あのっ……、ありがとう」
本当は感謝の言葉以上の気持ちが胸に溢れ返っている。
彼の正義感は、奈落の底に突き落とされた私の心を救い出してくれた。
一方の翔は、犯人が見つからなかったせいか、納得のいかない様子で愛里紗から上履きを受け取る。
五時間目はたまたま道徳の授業だった。
テーマは私の上履きが紛失した件について。
この事件に関して、生徒達から様々な意見が寄せられた。
上履きが隠された以外にも、自分でどこかに置き忘れたとか、他の人が履き間違えているとか。
当然、上履きを隠した犯人が最後まで名乗り出る事は無く、当人の私には煮え切らない一日に。
ーーでも、翌日。
無くなっていたはずの上履きが何事もなかったかのように下駄箱内に収まっていた。
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