初コイ@進行中 〜忘れられない初恋相手が親友の彼氏になっていた〜

伊咲 汐恩

文字の大きさ
23 / 226
第二章

21.握りしめている小銭

しおりを挟む


  愛里紗は家に上がると、台所付近を見回して昼食を探した。
  ところが、テーブルの上どころか付近には何も置いてないので尋ねた。



「お昼ご飯はどこに用意してあるの?」

「飯なんていつも用意してないよ。あるのは昼食代だけ」



  翔はポケットに手を突っ込むと、中の小銭を握りしめて愛里紗に見せた。
  拳が開かれて小銭が覗かせた瞬間、愛里紗はショックを受けた。



  私は母親が作ってくれる温かい料理をいつも当たり前のように食べていた。
  だけど、みんなが自分と同様の生活をしている訳ではない。
  それは、いま小銭を見せてくれた彼が無言で教えてくれた。



  専業主婦として家に居てくれる母親もいれば、共働きの母親もいる。

  きっと、彼の母親は後者。
  仕事が忙しくて時間がなかなか取れずにお昼ご飯を作る余裕が無かったのかもしれない。

  台所のシンク内には朝食時に使ったと思われる置きっ放しのコップと重なっているお皿が彼の母親の忙しさが物語られている。
  普段からこんな様子で過ごしているかと思うと不憫ふびんに思い、キュッと胸が締め付けられた。



  彼の現況は小学生の私に言葉を選ばせるくらい深刻に思えた。



「あっ、そうだ!  今日ね、連絡物と谷崎くんの荷物を持ってきたの。終業式だったから中に通知表も入ってる」

「ありがとう」



  手に持ちつつも半分存在が忘れかかっていた荷物を思い出して彼に渡した。
  彼が部屋に荷物を置いている間、いま自分に何か出来る事はないか思って台所に入る。


  人の家だから身勝手な行動は気が引けるけど、炊飯器が目に入った途端期待して蓋を開けた。
  すると、中には二合分くらいの白米が。

  これで何かを作ってあげられないかな。
  手の込んだ料理は出来ないけど、おにぎりくらいだったら……。
  ご飯を握った後に塩で味をつければいいんだもんね。


  料理経験がないから腕も自信もないけど、彼に温かいご飯を食べさせたい一心で、無力な自分を動かした。



「私がおにぎりを作ってあげる」



  喜ばせる一心でそう言ったものの、半分不安を感じて苦笑い。
  白米を手にすくって慣れない手つきで転がしながら、彼の為を思っておにぎりを握った。



「おにぎりが完成したから食べてね!」



  不器用で不恰好の歪な形の大きなおにぎりが二つ完成すると、ダイニングテーブルの椅子に座る彼の目の前に差し出した。

  すると、彼は完成形を見るなりプッと吹き出す。



「ぷっ、何だよこれ。おにぎりってのは三角じゃないの?」



  さっきまでは口数が減っていた彼だけど、おにぎりを見た途端、今日初めての笑顔が生まれた。



「ひどーい!一生懸命作ったのに」



  不満を口にしながらも、彼が一瞬でも笑顔になってくれた事がとても嬉しかった。
  彼はおにぎりを一つ手に取ると、ガブリと食いつく。



「ありがとう。ウマイよ」



  そう言うと、涙が一粒こぼれた。

  こんなに下手くそでも喜んでもらえたみたい。
  腕前はまだまだだけど、愛情はたっぷり込めている。

  彼が二つ目のおにぎりを手にした時、少し心に余裕が出来たので室内を軽く見回した。



  私達が友達同士で通信し合って遊んでいる携帯ゲーム機やスマホはこの部屋には見当たらない。
  彼は親が帰宅するまでの間どのように過ごしているのだろうか。


  彼がおにぎりを食べ終えてから、私達は神社へ向かった。
  やっぱり初めて入る家はよそよそしくて少し居心地が悪かった。

  神社ではいつものように鯉に餌をあげたり、かくれんぼをしたり、手でセミを捕まえたり。
  一緒に遊んでいるうちに彼は笑顔を取り戻してくれた。


  やがて日が落ち始めたので、私達は神社で解散する事に。



「じゃあ私、そろそろ帰るね」

「今日は本当にありがとう。お前が握ったおにぎり嬉かったよ」


「ううん。またね!」



  家路に向かう私に笑顔で手を振る彼は、昼間に会った時とは違って少し元気になったように見えた。



「明日も神社に行こうね!  約束!」

「約束!」



  夕日を浴びながら別れた私達は約束を交わしてそれぞれ帰宅の途についた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

俺に抱かれる覚悟をしろ〜俺様御曹司の溺愛

ラヴ KAZU
恋愛
みゆは付き合う度に騙されて男性不信になり もう絶対に男性の言葉は信じないと決心した。 そんなある日会社の休憩室で一人の男性と出会う これが桂木廉也との出会いである。 廉也はみゆに信じられない程の愛情を注ぐ。 みゆは一瞬にして廉也と恋に落ちたが同じ過ちを犯してはいけないと廉也と距離を取ろうとする。 以前愛した御曹司龍司との別れ、それは会社役員に結婚を反対された為だった。 二人の恋の行方は……

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

溺愛ダーリンと逆シークレットベビー

吉野葉月
恋愛
同棲している婚約者のモラハラに悩む優月は、ある日、通院している病院で大学時代の同級生の頼久と再会する。 立派な社会人となっていた彼に見惚れる優月だったが、彼は一児の父になっていた。しかも優月との子どもを一人で育てるシングルファザー。 優月はモラハラから抜け出すことができるのか、そして子どもっていったいどういうことなのか!?

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~

深冬 芽以
恋愛
 交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。  2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。  愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。 「その時計、気に入ってるのね」 「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」 『お揃いで』ね?  夫は知らない。  私が知っていることを。  結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?  私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?  今も私を好きですか?  後悔していませんか?  私は今もあなたが好きです。  だから、ずっと、後悔しているの……。  妻になり、強くなった。  母になり、逞しくなった。  だけど、傷つかないわけじゃない。

一億円の花嫁

藤谷 郁
恋愛
奈々子は家族の中の落ちこぼれ。 父親がすすめる縁談を断り切れず、望まぬ結婚をすることになった。 もうすぐ自由が無くなる。せめて最後に、思いきり贅沢な時間を過ごそう。 「きっと、素晴らしい旅になる」 ずっと憧れていた高級ホテルに到着し、わくわくする奈々子だが…… 幸か不幸か!? 思いもよらぬ、運命の出会いが待っていた。 ※エブリスタさまにも掲載

愛のかたち

凛子
恋愛
プライドが邪魔をして素直になれない夫(白藤翔)。しかし夫の気持ちはちゃんと妻(彩華)に伝わっていた。そんな夫婦に訪れた突然の別れ。 ある人物の粋な計らいによって再会を果たした二人は…… 情けない男の不器用な愛。

あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜

瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。 まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。 息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。 あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。 夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで…… 夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。

処理中です...