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第二章
21.握りしめている小銭
しおりを挟む愛里紗は家に上がると、台所付近を見回して昼食を探した。
ところが、テーブルの上どころか付近には何も置いてないので尋ねた。
「お昼ご飯はどこに用意してあるの?」
「飯なんていつも用意してないよ。あるのは昼食代だけ」
翔はポケットに手を突っ込むと、中の小銭を握りしめて愛里紗に見せた。
拳が開かれて小銭が覗かせた瞬間、愛里紗はショックを受けた。
私は母親が作ってくれる温かい料理をいつも当たり前のように食べていた。
だけど、みんなが自分と同様の生活をしている訳ではない。
それは、いま小銭を見せてくれた彼が無言で教えてくれた。
専業主婦として家に居てくれる母親もいれば、共働きの母親もいる。
きっと、彼の母親は後者。
仕事が忙しくて時間がなかなか取れずにお昼ご飯を作る余裕が無かったのかもしれない。
台所のシンク内には朝食時に使ったと思われる置きっ放しのコップと重なっているお皿が彼の母親の忙しさが物語られている。
普段からこんな様子で過ごしているかと思うと不憫に思い、キュッと胸が締め付けられた。
彼の現況は小学生の私に言葉を選ばせるくらい深刻に思えた。
「あっ、そうだ! 今日ね、連絡物と谷崎くんの荷物を持ってきたの。終業式だったから中に通知表も入ってる」
「ありがとう」
手に持ちつつも半分存在が忘れかかっていた荷物を思い出して彼に渡した。
彼が部屋に荷物を置いている間、いま自分に何か出来る事はないか思って台所に入る。
人の家だから身勝手な行動は気が引けるけど、炊飯器が目に入った途端期待して蓋を開けた。
すると、中には二合分くらいの白米が。
これで何かを作ってあげられないかな。
手の込んだ料理は出来ないけど、おにぎりくらいだったら……。
ご飯を握った後に塩で味をつければいいんだもんね。
料理経験がないから腕も自信もないけど、彼に温かいご飯を食べさせたい一心で、無力な自分を動かした。
「私がおにぎりを作ってあげる」
喜ばせる一心でそう言ったものの、半分不安を感じて苦笑い。
白米を手にすくって慣れない手つきで転がしながら、彼の為を思っておにぎりを握った。
「おにぎりが完成したから食べてね!」
不器用で不恰好の歪な形の大きなおにぎりが二つ完成すると、ダイニングテーブルの椅子に座る彼の目の前に差し出した。
すると、彼は完成形を見るなりプッと吹き出す。
「ぷっ、何だよこれ。おにぎりってのは三角じゃないの?」
さっきまでは口数が減っていた彼だけど、おにぎりを見た途端、今日初めての笑顔が生まれた。
「ひどーい!一生懸命作ったのに」
不満を口にしながらも、彼が一瞬でも笑顔になってくれた事がとても嬉しかった。
彼はおにぎりを一つ手に取ると、ガブリと食いつく。
「ありがとう。ウマイよ」
そう言うと、涙が一粒こぼれた。
こんなに下手くそでも喜んでもらえたみたい。
腕前はまだまだだけど、愛情はたっぷり込めている。
彼が二つ目のおにぎりを手にした時、少し心に余裕が出来たので室内を軽く見回した。
私達が友達同士で通信し合って遊んでいる携帯ゲーム機やスマホはこの部屋には見当たらない。
彼は親が帰宅するまでの間どのように過ごしているのだろうか。
彼がおにぎりを食べ終えてから、私達は神社へ向かった。
やっぱり初めて入る家はよそよそしくて少し居心地が悪かった。
神社ではいつものように鯉に餌をあげたり、かくれんぼをしたり、手でセミを捕まえたり。
一緒に遊んでいるうちに彼は笑顔を取り戻してくれた。
やがて日が落ち始めたので、私達は神社で解散する事に。
「じゃあ私、そろそろ帰るね」
「今日は本当にありがとう。お前が握ったおにぎり嬉かったよ」
「ううん。またね!」
家路に向かう私に笑顔で手を振る彼は、昼間に会った時とは違って少し元気になったように見えた。
「明日も神社に行こうね! 約束!」
「約束!」
夕日を浴びながら別れた私達は約束を交わしてそれぞれ帰宅の途についた。
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