24 / 226
第二章
22.二つのヨーヨー
しおりを挟むーー今日は町内会の夏祭りの日。
場所は普段から谷崎くんと一緒に遊んでいる神社。
レースカーテン越しに見える夕日を浴びながら、金魚柄の水色の浴衣に身を包んだ。
洗いたての長い髪は、母がかわいくおだんごに結ってラインストーン入りのピンを髪に差してくれた。
お祭りの開始時刻が近づいたので、うちわを帯に挿して慣れない下駄に足を通す。
年に一度きりの夏祭りは、仲の良い友達二人と一緒に行く約束をしていた。
「やっほー、あーりん! 浴衣かわいい~」
「ミキもノグも負けていないじゃん!」
「イヒヒ」
私達三人は普段見慣れないお互いの浴衣姿を見て褒め合う。
引っ越して来てから谷崎くんとばかり遊んでいたから、久々の女友達との外出に。
更に浴衣姿という事もあって不思議と新鮮な気持ちになった。
神社の小さな敷地の通路の両側には、所狭しと十もいかないほどの小さな露店が建ち並んでいる。
今年は初めて夏祭りに参加したけど、わんさか押し寄せている来場者数からすると、出店数は少ないような気がした。
露店前に行き交う人混みに飲み混まれてしまい、避けようとして身を縮こませていても互いの身体がぶつかってしまう。
私達三人は人混みではぐれないように、時たま手や腕を掴んでお互いの居場所を確認し合った。
焼きそば屋さん、お好み焼き屋さん、たこ焼き屋さん、フランクフルト店、わたあめ屋さん。
夕飯時の今はどの店も行列に。
食べたいものがあっても店には十数人の行列が出来ていてすんなりとは買えない。
店から漂ってくる香りを嗅ぎながら、ぐーぐーとお腹を鳴らして自分達の順番を待つしかない。
数少ない出店数の中、ヨーヨー釣り店でお手伝いをしている谷崎くんは少し忙しそうに接客をしていた。
「あれ、谷崎くん何してるの?」
ミキが一番最初に気付いて声をかける。
声に気付いた翔は、作業している手を止めて愛里紗達の方に目を向ける。
「俺、ここの神社の人達と知り合いでね。人手不足だから店を手伝ってる」
「一日しかないお祭りなのに大変だね」
「お仕事頑張ってね!」
幼いお客さんがわんさかと押し寄せ手を止められない彼に手を振ってその場から離れた。
新しい街の初めてのお祭り。
威勢のいいかけ声で近所を回るお神輿はタイミングが悪くて見れなかった。
母親に貰ったお小遣いは、焼きそばやわたあめやチョコバナナ代へ。
そして、楽しい時間はあっという間に過ぎていき……。
私達がお祭りで楽しんでいる中、遠目から見えた谷崎くんは休む事なく最後まで一生懸命働いていた。
賑わっていたお祭りも一通り周り終えてお腹いっぱいに。
夜が更けてきたので、私達は帰宅の途についた。
人の波に乗りながら友達と別れて神社の先の角を曲がった、その時。
「待って!」
聞き慣れた声が背後からしたので振り向くと、さっきまで忙しそうに働いていた谷崎くんが後ろから走って追いかけてきた。
「谷崎くん……。どうしたの?」
「ハァッ……ハァッ……っ、終業式の日に荷物を持って来てくれた事と、おにぎりのお礼をしてなかったから」
彼はそう言うと、先程までお手伝いしていたお店のヨーヨー二つを握りしめたまま目の前に差し出す。
「ええっ、悪いよ。荷物は先生に言われたから持って来ただけだし、おにぎりは谷崎くんに温かいものを食べさせたかっただけだから」
両手を横に振って遠慮がちにそう言う愛里紗に向かって、翔はヨーヨーを受け取らせるよう更にグイッと目の前に差し出した。
「このヨーヨー。お前が作ってくれたおにぎりみたいだろ?」
「もう!」
ニカッと意地悪を言う彼は、目を腫らして泣いていた先日から比べるとすっかり元気を取り戻しているように思えた。
0
あなたにおすすめの小説
俺に抱かれる覚悟をしろ〜俺様御曹司の溺愛
ラヴ KAZU
恋愛
みゆは付き合う度に騙されて男性不信になり
もう絶対に男性の言葉は信じないと決心した。
そんなある日会社の休憩室で一人の男性と出会う
これが桂木廉也との出会いである。
廉也はみゆに信じられない程の愛情を注ぐ。
みゆは一瞬にして廉也と恋に落ちたが同じ過ちを犯してはいけないと廉也と距離を取ろうとする。
以前愛した御曹司龍司との別れ、それは会社役員に結婚を反対された為だった。
二人の恋の行方は……
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
溺愛ダーリンと逆シークレットベビー
吉野葉月
恋愛
同棲している婚約者のモラハラに悩む優月は、ある日、通院している病院で大学時代の同級生の頼久と再会する。
立派な社会人となっていた彼に見惚れる優月だったが、彼は一児の父になっていた。しかも優月との子どもを一人で育てるシングルファザー。
優月はモラハラから抜け出すことができるのか、そして子どもっていったいどういうことなのか!?
靴屋の娘と三人のお兄様
こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!?
※小説家になろうにも投稿しています。
15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~
深冬 芽以
恋愛
交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。
2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。
愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。
「その時計、気に入ってるのね」
「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」
『お揃いで』ね?
夫は知らない。
私が知っていることを。
結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?
私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?
今も私を好きですか?
後悔していませんか?
私は今もあなたが好きです。
だから、ずっと、後悔しているの……。
妻になり、強くなった。
母になり、逞しくなった。
だけど、傷つかないわけじゃない。
一億円の花嫁
藤谷 郁
恋愛
奈々子は家族の中の落ちこぼれ。
父親がすすめる縁談を断り切れず、望まぬ結婚をすることになった。
もうすぐ自由が無くなる。せめて最後に、思いきり贅沢な時間を過ごそう。
「きっと、素晴らしい旅になる」
ずっと憧れていた高級ホテルに到着し、わくわくする奈々子だが……
幸か不幸か!?
思いもよらぬ、運命の出会いが待っていた。
※エブリスタさまにも掲載
愛のかたち
凛子
恋愛
プライドが邪魔をして素直になれない夫(白藤翔)。しかし夫の気持ちはちゃんと妻(彩華)に伝わっていた。そんな夫婦に訪れた突然の別れ。
ある人物の粋な計らいによって再会を果たした二人は……
情けない男の不器用な愛。
あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜
瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。
まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。
息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。
あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。
夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで……
夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる