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第三章
66.ファーストキス
しおりを挟む複雑な気持ちのままここへ来たけど、一つだけ気にかかる事があった。
それは、理玖の学ラン。
前ボタンを閉めずにヒラヒラとはためかせていたけど、真っ黒な制服には何かが足りない。
その何かが気になって横目を向けると……。
ない!
縦一列に並んでいるはずの校名の入った金のボタンが、一つ……二つ……三つどころか全部付いてない。
パッ見は前ボタンを外しているだけかと思ったけど、よく見るとボタンが無いのは前だけじゃなくて、袖口についていたボタンや、カラーに付いていたはずの校章も無くなっている。
その上、激しく引きちぎられたかのように、ボタン部分の生地が所々ほつれていて、等間隔に糸が尖っている。
「理玖、制服のボタンは何処へ?」
「……あ、これ?」
理玖は制服のボタンが付いてあった箇所をグイっと引いて首を傾けた。
「うん。どうしたの?」
「あるよ」
理玖は学ランの左ポケットに手を突っ込むと、予めしまっておいた金ボタンを取り出して手のひらに置いて見せた。
手元には金ボタン一つだけ。
年季によって色をくすませながらも、扉の隙間から差し込む光によってキラリと輝いている。
「それだけ? 他のボタンは?」
「他はない」
「どうして?」
「最後のHRが終わって教室を出たら、廊下で待ち構えていた女子達にあっと言う間にボタンが引きちぎられて全部持ってかれた」
「スゴっ……。理玖は人気者だね!」
さすが理玖。
爽やか系イケメンで愛嬌があって性格が明るいから、学校の伝説になりそうなほどモテていたもんね。
ボタンが全部奪われるなんて納得がいくわ。
理玖はボタンを握りしめて反転させると、微笑みながら愛里紗に拳を向けた。
「これ、制服の第二ボタン。お前に持ってて欲しいから先にとっておいたんだ。……やる」
「あっ、うん。……ありがと」
制服の第二ボタンが特別なものという事は知ってたけど、理玖がどんな気持ちで手渡そうとしたかまではわからなかった。
拳の下に右手のひらを受け皿のように差し出してボタンを受け取ろうとすると、理玖はボタンと共に手を包み込んでそのままグイッと引き寄せた。
……と、次の瞬間。
理玖の唇と重なり合った。
それがあまりにも一瞬だったから、ドキドキとか緊張する間も一切無くて……。
目を閉じる事も無く、ただ不意に唇だけが重なっていた。
いつもより彼の香りがより身近に感じる。
唇が離れた後も、一瞬何が起こったかが分からないレベルに。
今までキスの予兆はなかったけど、今日はいつになく強引だった。
唇が重なったのは2~3秒程度。
頭が真っ白になっていたからよくわからなかったけど、実際は想像以上にあっと言う間だったのかもしれない。
これが私のファーストキス。
初めてのキスは思い描いていたような甘い甘いものではなくて、何故かほろ苦い涙の味がした。
だけど、私達はその日を境に連絡を断って、卒業式の日以降一度も会わなかった。
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