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第五章
94.咲の大事な話
しおりを挟む中学の頃に感じていた気まずさはもう取り払われているし、卒業式の日に強引に唇を重ねた理由は本人の口から聞いた。
嫌いになる要素が一つもないから、拒む理由なんて見つからないよ。
理玖は月末で塾を辞めちゃうし、語学をマスターしたら留学しちゃう。
一つでも決断を誤ったら取り返しがつかなくなくなる。
二度目まで有りだった事が、三度目はもう無しになる。
そう思った理由は、中学生時代から今まで全ての想いをぶつけてきたから。
もし交際を断ってしまったら、太陽のような笑顔を失ってしまうのかな。
そのうち好きでもない誰かと付き合って、私を忘れる努力するのかな。
それとも、このまま気持ちを我慢していくのかな。
もしそうだとしたら、こっちまでやりきれなくなる……。
告白されてから気持ちが彷徨っているけど、少し前に一度だけ心境に変化があった。
それは、自分でもよく分からない感情。
先日、中間テスト前に咲が家に泊まりに来た時、理玖は咲と仲良さそうに話していたけど、私は早く家に帰って欲しいと思ってた。
塾から家まで送ってくれた時は、あともう少し話してたいなと思ったのに、あの時は『まだ帰らないの?』と何度も思いながら一人でソワソワしていて。
その上、柔軟剤の香りが染み込んだシャツの袖を咲に嗅がせていた瞬間は何故か胸が苦しかった。
普段一緒にいる時は何ともないのに……。
どうして早く家に帰って欲しいと思ったのか。
胸が締め付けられるようなあの感覚は一体何だったのか。
人として半人前な私にはその二つの答えが見出せない。
愛里紗は胸のザワメキと葛藤するあまり、いつしか虚ろな表情を浮かべていた。
一方、先程まで目を輝かせながら理玖との恋を応援していた咲だが、次第に表情が曇り始める。
心を決めて拳が握られると、顔を見上げて少し前のめりになって言った。
「あのね、愛里紗! 実は大事な話が……」
キーン コーン カーン コーン
まるで話を遮断するかのように五時間目の予鈴が鳴った。
愛里紗は焦って腕時計に目を向ける。
「あっ、そろそろ時間。……で、大事な話って?」
「……あ、ううん。何でもない」
「早く教室に戻ろう! 授業に間に合わなくなっちゃう」
「うっ、うん……」
愛里紗と咲はすくっと立ち上がり、屋上を後にした。
咲には大事な話があった。
屋上に来る前から話さなければいけないと思っていたが、タイミングが合わなくてきっかけを失ってしまった。
教室に向かう愛里紗の背中を追いかけながら考えてた。
次はいつこの話を切り出そうかと……。
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