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第六章

116.二度も聞いた名前

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「聞いて、あのね………。彼がいま付き合ってる人なの」

「えっ……」


「名前は今井翔くん。私が中学生の頃から好きな人。………私達、親友なのに紹介するのが遅くなってごめん」



  咲はなんの前触れもなく、半年間存在を隠し続けていた翔を自分の彼氏だと明かした。



  予想外の展開だった。
  話でしか聞いた事のない彼氏が谷崎くんだというのだから。
  以前、彼氏はクールな人と言っていたから、再会した瞬間は咲の彼氏だと結び付かなかった。


  それに、谷崎くんはクールな人なんかじゃない。
  愛想がいい方じゃなかったけど、上履きを隠された時やカッターで手を怪我をした時は感情を剥き出しにして守ってくれた。

  壊れそうなくらい泣いたり。
  お腹いっぱいに笑ったり。
  時には激しく怒ったり。

  私からすると感情深い人。
  クールなんて思った事は一度もない。
  だからこそ、聞き間違えかもしれないと思って我が耳を疑った。



「……えっ。いま何て?」

「ここにいる翔くんが私の彼氏なの」


「彼氏って……。春から咲と付き合ってる……」

「うん……。私達、付き合ってるの」



  動揺して口をどもらせている愛里紗は、目で真実を訴えてる咲からそう告げられた瞬間、言葉を失った。



  私の初恋相手の谷崎くんが、今は咲の彼氏に。
  嘘でしょ。
  こんな偶然って……。



  信じ難い気持ちに包まれていたが、先程ふと何処かで聞いた名前だと思っていた《今井》という名字は、以前咲から聞いていた事を思い出した。



『……で、彼は何ていう名前だっけ?  前に聞いたっけ?  忘れちゃった』

『えっ?!  あ……、え……ええっと、しっ……』


『うん。しっ?』

『……違う。今井くん』



  あの時は彼氏の名前をすんなり言わなかったから、少し疑問に思ってた。

  でも、それだけじゃない。
  理玖からも同じ質問を受けていた。



『へーっ。彼氏の名前は?』

『……あっ……い、今井……くんって言うの』



  そう……。
  私は彼女の口から二度も彼氏の名前を聞いていた。

  咲が言っていた今井くんは谷崎くんの事だったんだね。
  名字が変わってたから気付かなかったよ。
  でも、谷崎くんが咲の彼氏なんてやっぱり信じられない。



  目の前で現実を知らされた瞬間、彼の香りを忘れていた私の胸にギューっと締め付けられるような痛みが襲いかかってきた。

  どうして、こんなに胸が苦しいのかな。
  咲と谷崎くんが恋人と知っただけなのに……。

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