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第六章
117.英語のノートといちごの飴
しおりを挟む翔は二人のやりとりを瞳に映したまま暫く黙っていたが、咲の言動が癪に障った途端、繋いでいた手を振り払って苛ついた足取りで厨房へ向かった。
「翔くんっ……!」
咲は顔面蒼白のまま翔のうしろ姿を目でなぞるように二、三歩追いかけた。
一方の愛里紗は、急展開について行けず呆然と立ち尽くしたまま。
シンと静まり返った場に取り残された、愛里紗と咲。
長い沈黙の間はそれぞれの思いが交錯していた。
愛里紗は頭の中は一向に整理がつかず、居ても立っても居られなくなってしまい、椅子の上に置いていた学生鞄を手に持って席を立った。
「もう帰るね」
「ごめん。明日話そう」
「うん……。バイバイ」
愛里紗は暗い表情のまま咲を横を通り抜けて重いガラス扉を開けて店を後にした。
先程まで愛里紗が座っていた座席には、木村から受け取った英語のノートといちごの飴が重ねて置いてある。
ーーイタリアンレストランのガラス扉を開けて店を出てからどうやって電車に乗ったのか。
何時に家に着いたのか。
帰宅してから母に『ただいま』の挨拶をしたのか……。
頭の中がぐちゃぐちゃなせいか、そんな単純な事さえ思い出せない。
だけど、次々と溢れ出す涙が止まらなかった事だけはしっかり覚えてる。
それは、家に到着するまで涙がこれ以上溢れないように、唇がちぎれてしまいそうなくらい噛み締めていたから。
もう二度と会えないかもしれないと思っていた谷崎くんと運命的な再会を果たした瞬間、脳内は谷崎くん一色に染まった。
でも、それと同時に咲が彼女だと伝えてきた時は、信じられない気持ちでいっぱいに……。
ずっと、会いたかった。
小学生時代毎日通い詰めていた神社に谷崎くんがまたひょっこり姿を現わすんじゃないかと思って、中学生になってからも部活動に参加せずに毎日待っていた。
晴れの日も雨の日も雪の日も……。
谷崎くんが『お待たせ』と言って、無邪気な笑顔で戻って来るのを想像しながら。
1日に何度も家のポストを開けて、谷崎くんからの手紙を『まだかな』『今日は届くんじゃないかな』『明日は届くかもしれない』とポストを開ける手に期待を寄せながら、手紙が来るのを待っていた。
……だけど、手紙は一通も届かなかった。
空っぽのポストを覗く度に、中学校での新生活が忙しいんじゃないかって。
空虚感に襲われるあまり、何も入っていないポストのように、いつしか自分の心も空っぽに……。
神社で別れたあの日からいっぱい泣いた。
いつか街に戻ってくるんじゃないかと淡い夢も抱いていた。
時には空に向かってシャボン玉を吹いて、虹色に輝く球体を眺めたまま恋情に苦しんで。
彼が誕生日にプレゼントしてくれた鉛筆を使い切るまで、毎日恋日記も書き綴った。
谷崎くんと再会したら、『私達、ようやく会えたね』って。
私は元気だったよって。
寂しかったけど頑張って毎日耐えたよって。
お互い涙を流しながら、感動的な再会が出来たらいいなって思ってた。
ーーそして、あれから4年8ヶ月経った今。
大人びた姿が幼かったあの頃の姿と重なって。
それがあまりにも懐かしくて、嬉しくて、待ちわびていた時間が分からなくなってしまうくらいに驚いて、意識が遠退きそうなほど感銘を受けた。
でも……。
実際会ったら思い描いていた再会とは程遠くて。
甘酸っぱいような。
切なくて胸が押し潰されそうな。
苦しくてまともに息も出来ないような、辛い辛い再会だった。
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