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第六章
125.溢れんばかりの涙
しおりを挟む物置の隅で人知れず眠っていた手紙は、先ほどまで箱の下敷きになっていた分を合わせると10数通ほどある。
口元を押さえている手を震わせながら、積み重なっている手紙の上に手を重ねて束をなぞるように左回転させると、手紙は扇型に広がる。
封筒にシワはほとんど見られない。
まるでその手紙だけが過去からタイムスリップしてきたかのように保存状態がいい。
埃まみれで服が汚れるとか、お尻と太ももが地面について身体が冷えてくるとか、座った時に缶の蓋を踏みつけて足にすり傷を負っても気が付かないくらい手紙に釘付けに
なった。
「谷崎くんからの手紙……。届いてたんだ……」
散らばっている手紙を全て両手ですくい上げると、一番古い消印の手紙を探し出して、第一通目の手紙だけを取って封を開けた。
これは、別れてから一番最初に書いた手紙。
一体、何が書いてあるのだろうか……。
封筒の中で二つ折りにされた一枚の便箋を取り出して、中身を開けた。
『愛里紗、元気?』
合ってる。
濃くて大きくて力強い字。
これは間違いなく彼の筆跡。
開いた手紙からは、つい最近まで忘れていた彼の香りがふんわり漂ってくるような気がした。
愛里紗は翔の字を目にした瞬間、懐かしさのあまり涙がジワっと込み上げてきた。
一瞬夢じゃないかと思って一旦膝元に置いた封筒を再び裏返しにして、送り元の住所を確認。
『三鷹大平町』
間違いない。
三鷹大平町は咲の自宅近辺だから。
愛里紗は懐かしさが込み上げながらも、手紙の続きを読み始めた。
『俺は3月下旬から名字が今井になったよ。いまは新しい街で頑張ってる。まだ名字に慣れなくて出欠の時に名前を呼ばれてもピンと来なくて、危うく欠席扱いされそうになった。』
「そうだよね。生まれてからずっと谷崎だったからね」
『今は三鷹大平町という街で母さんと二人で暮らしてる。ここは漁港が近いせいか、ちょっと田舎くさい街だよ。』
「あはは。……そうなんだ」
まるで返事をするかのように、懐かしい目で過去に届いた手紙に向かって呟き始めた。
『俺が引っ越してから、毎日お前が泣いてるんじゃないかと思って心配してる。』
「どうしてわかったの? 私の事をよく知ってるんだね」
『最近桜が散り始めたのに、お前がプレゼントしてくれた手袋を毎日部屋の中で着けてるよ。ウケるだろ。』
「ううん、手袋を大事にしてくれてありがとう」
手紙を読んでる最中、この手紙を一生懸命書いている彼の姿が目に浮かんだ。
そう思うだけで、目頭があっと言う間に熱くなって意思とは別に涙が溢れてきた。
開けっ放しの物置の扉からは、しきりに冷たい風が吹き付けてくる。
かじかんだ指先で持つ手紙を涙で滲んだ瞳で再び読み進めた。
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