初コイ@進行中 〜忘れられない初恋相手が親友の彼氏になっていた〜

伊咲 汐恩

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第六章

131.冷えきった身体

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  涙が枯れ果た目は腫れ上がってジンジンと痛みを感じる。
  昨日から泣き過ぎたせいか、声は掠れて喉はカラカラ。

  ぼんやりと放心状態になった頃、参拝客の声は徐々に消えていき、日没を知らせるチャイムが街中を包み込んだ。



  空は暗くなってきたし、もう帰らないと……。
  ノグに服とコートは借りたけど、足はサンダルのまま。
  長時間同じ体勢で座っていたから身体は冷たい。
  朝以降食事をしてないからお腹も空いた。


  一日ぶりに帰宅の決心をすると、腰を上げてスカートについた砂をサッサと払い、軒下から本殿の正面へ回った。

  鳥居へ向かっている最中、昔谷崎くんと二人で鯉の餌やりをしていた池の方に意識が吸い込まれた。
  そのままふらっと立ち寄って池の手前にしゃがんで中を覗く。

  すると、池の中には大きな鯉に紛れて小さな鯉が気持ち良さそうにスイスイと泳いでいた。



「あ、赤ちゃん鯉がいる」



  軽く身を乗り出しながら、不意にポツリと呟いた。
  一度帰宅を決意したものの、赤ちゃん鯉を理由に帰らなくて済む方法を考えていた。


  もう、帰らなきゃいけないのに。
  まだ帰りたくない。
  未だ躊躇ってるけど、帰宅しか選択肢は残されていない。

  今から行く場所なんてないし、家出をする勇気もない。
  お金はないし、スマホも服もない。



  胸にぽっかり穴が開いたまま水面をボーッと見つめた。
  すると、足音と共に水面の端から影が少しずつ映し出されていく。
  それと同時に背後から人の気配を感じた。



「赤ちゃん、生まれたんだな」



  声にビクッと反応して、ゆっくりと後ろに振り返ると……。
  そこには、グレーのコートを着ている谷崎くんが前屈みになって池の中を覗き込んでいた。



「谷崎くん……」



  それがあまりにも急な再会で心の準備が出来てなかったから、どんな顔を向けていたらいいかわからないけど、枯れきったと思っていた涙は再び生まれた。



「もう谷崎じゃないよ」

「あ、そうだったね。翔くん、どうしてここに?」


「今日ここへ来れば愛里紗に会えるような気がして……。そしたら本当に会えた」

「偶然だね。私も自然と足が出向いたから……」


「ここを離れた時はまだ幼くて、住所は知ってても県またぎだし遠くて行けないなって思っていたけど……。いざ来てみると案外近かったんだな」

「そうかもしれないね……」



  涙が溜まって歪んで見える彼は、ニコッと笑みを浮かべた。

  六年生以来に見せた笑顔は、春のうららかな日和のよう。

  優しくて、
  暖かくて、
  穏やかで、
  平和に満ち溢れていて。

  今朝までの卑屈な気持ちが一掃されてしまいそうなほど、心はこの笑顔に助けられていく。


  やっぱり翔くんは咲の言うようなクールな人じゃない。
  だから、長い間会えずじまいだったのかもしれないね。

  レストランで再会した時はゆっくり話せなかったし感動に浸る間もなかったけど、立ち上がってから改めて思った。



  小学生当時、背の順は後ろの方だったけど、今はモデル並みに高くなった。
  呼び捨てした声だって、もう大人。
  成長と共に顔立ちはシャープになり、身体つきもガッシリして一人前の男性になった。

  ……でも、黒髪は相変わらず癖っ毛なんだね。


  数年ぶりに神社に現れた彼は、心の中まで見透かしそうな瞳で見つめてくる。
  だから私も心奪われるように目が離せない。

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