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第六章

132.ようやく届いた手紙

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  すると、翔は首を傾けて長い睫毛の目を細めて言った。



「手紙の返事、まだ来てないよ」



  手紙……?
  あ、そっか。
  昨日受け取ったばかりだったね。

  物置から握りしめていた手紙は、気持ちがいっぱいいっぱいだったから見る余裕がなくて、今朝コートのポケットに突っ込みっぱなしだった事をすっかり忘れてたよ。



  愛里紗はコートのポケットから二通目の手紙を取り出すと、両手を伸ばして翔に見せた。



「遅くなったけど、昨日受け取ったばかりなの。だから、まだ一通目しか封を開けてなくて……」



  愛里紗は内容を思い出した途端やりきれなくなり、溜まっている涙をグッと堪えようとして大きく息を吸い込んだ。
  だが、フーッと息を吐き出した途端、緊張が解れたように大粒の涙がポロポロと頬を伝った。



  小学校の卒業アルバムを見せた瞬間から咲に裏切られて。

  翔くんと別れて落ち込んでいる私が可哀想だからという理由で母に手紙を隠されて。

  小学生時代から友達のノグには長年の付き合いがある私よりも咲との約束を優先されられた。


  どんなに辛くても、苦しくても……。
  立ち上がろうとする度に叩き落とされて。
  それが、二度も三度も続いて気力や精神力や消え失せても、前を向く以外自分を守る方法がなくて。

  度重なる障害に向き合う度に気持ちが張り詰めっぱなしだったせいか、既に心が限界を迎えていた。



  涙が邪魔して翔くんの顔がよく見えない。
  この目に映す日をどれだけ楽しみにしていた事か……。

  まだ、涙は残っていたんだね。
  昨日沢山泣いたから、もうすっかり干上がったと思っていたのに。


  でも、どうして今なの。
  お別れをしたあの日から恋を引きずり続けて。


  泣いて、
  泣いて、
  泣いて……。

  それでも無常に時は進んで、周りの環境が変わって、新しい出会いがあって。
  私自身も前に進まなきゃいけないって自分に言い聞かせていて。

  頑張ろうって。
  これからは、新しい景色を目に映して行こうって、不器用な足取りで第一歩を踏み出したばかりだったのに……。


  翔くんに会いたかったのは今じゃない。
  今さら現れても、もう遅いんだよ。


  ようやく会えたのに、泣いてる姿を見せたら迷惑かけちゃうよね。
  翔くんは私の事情なんて知らないのに……。



  愛里紗は顔を俯かせながら手の甲で滴る涙を拭っていると……。

  ガバッ……

  翔は突然愛里紗の頭を胸に押し当てて言った。



「長い間、寂しい想いをさせてごめん……」



  耳元でそう囁く彼。
  フワリと懐かしい香りが漂ってきた。

  私は恋焦がれた香りが最も身近に届いた瞬間……。
  咲の彼氏と一線を引いていた自分に歯止めが利かなくなった。



「……うっあ゛あっっ……」



  声を荒げて泣いたのは何年ぶりの事だろうか。

  もう、限界だった。
  一つ一つ大切に積み重ねてきた事や、守ってきたもの。
  彼の胸の中はそれを捨てても構わないと思ってしまうほど理性を崩壊させた。


  翔くん。
  会いたかった。
  ずっと……、ずっと会いたかったよ。



  愛里紗は手紙をクシャリと握りしめながら翔の背中に両腕を回す。



  翔くんは、一通目の手紙に書いてあった通り会いに来てくれた。
  その間、4年9ヶ月という長い時を経て。
  約束はしてないし、会えるかどうかもわからないのに……。



「悪かった」



  彼はそう囁くと、包み込むように私を抱きしめた。
  しかし、彼と抱き合いながらもふと理性が働いた。

  翔くんは咲の彼氏で。
  私は理玖の彼女。
  今はお互いそれぞれ別の人の大切な存在。

  それなのに、古い記憶が掘り起こされてしまっている。



  わかってる。
  ただ一つボタンを掛け違えてしまっただけ。

  冷静に考えると、親友の彼氏の胸に飛び込むなんてあり得ない。
  咲に裏切られたと知った時は悔しかったけど、自分も同じように裏切ってる。

  最低。
  どうかしてる。
  自分はいつからこんな汚い人間になってしまったんだろう。

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