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第六章
134.罪悪感
しおりを挟む理玖は身体をゆっくり離すと、顔を心配そうに覗き込んだ。
「泣いたの?」
愛里紗は瞼を伏せてコクンと頷く。
本当は理玖の方が傷付いているはずなのに、自分の気持ちはそっちのけ。
だから、申し訳ないと思うあまり頭を上げる事が出来ない。
「昨日は約束を破ってごめんなさい。スマホを持たずに家を飛び出しちゃったから連絡出来なくて」
「おばさんから聞いたよ。ケンカしたんだって?」
頭上から心配する声が届く。
表情が曇りがちのまま黙り込んでいると、彼は言った。
「俺は何も聞かないよ」
と、私の頭をポンポン二回叩いて部屋を出て行った。
私はこの瞬間、胸が張り裂けそうになった。
本当は怒鳴り散らしてもおかしくないくらい心配と迷惑をかけたのに、彼は何一つ問いただそうとしなかった。
聞きたい事や言いたい事は沢山あったはず。
でも、私の気持ちを優先して口を噤んだ。
玄関扉が閉まる音を聞きとってから、机の上に丸一日以上放置していたスマホを手に取りホーム画面を開く。
すると、先に目が止まったのはホーム画面に表示されているアイコンの右上の数字。
未読メッセージが21通。
電話が9回。
電話とSNSメッセージのアイコンをタップして内容を確認すると、着信は全て理玖から。
何も聞かなくても、心配した形跡がここにしっかり残されている。
着信履歴をなぞるように辿った後、21通届いていたSNSメッセージを一つ一つタップとスライドを繰り返しながら時間が古い順に読み始めた。
《12:36 13時に迎えに行くから家で待ってて》
《13:17 今どこにいるの?》
《14:28 スマホ開いたら連絡ちょうだい》
《20:43 まだ帰ってないの?帰ったら必ず連絡して》
《23:02 ケガはしてない?連絡ないけど体は大丈夫?》
《02:15 心配だから早く連絡が欲しい》
約束をすっぽかした上に連絡もよこさず、一晩家に帰って来なかった私に『何も聞かないよ』なんて……。
こんなに心配かけてるから怒鳴ってもおかしくないのに。
理玖、優しすぎるよ。
聞きたい事は沢山あるクセに。
バカだよ。
格好つけないでよ。
我慢しないで感情をむき出しにして怒ればいいのに……。
《07:23 会いたい》
それなのに、私は理玖の知らないところで翔くんの香りに包まれていた。
さっき抱きしめられた時、翔くんの残り香が重なってしまったかもしれないのに。
最低……。
告白を受け入れたあの日から、理玖を大切にするって決めたのに。
長年の想いを受け止めてようって心に誓っていたのに……。
理玖からのメッセージを見終えると、罪悪感に駆られて身体が震えた。
夕方はどうかしてた。
冷静に考えたら、翔くんとの再会を切実に願っていたとはいえどうして抱き合ったのかなって。
それに、裏切ったのは理玖だけじゃない。
咲には自分と同様仕返しをするつもりだったのかな。
翔くんと抱き合ったって事はそーゆー意味だよね。
私は自分の彼氏を裏切って、親友の彼氏に何を求めてるの?
それに、いま寄り添いたい人は翔くんじゃない。
現実にしっかり目を向けて、夢の世界から目を覚まさなきゃダメだよ。
不埒な過ちは次第に多大なる後悔へと誘っていく。
愛里紗はスマホをギュッと握りしめながら身勝手な自分に腹が立って、潜り込んだ布団の中で身悶えした。
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